ファルコム(その他) 2021/08/07 Sat 君と共に行く未来 那由多の軌跡(改) 後日譚の後の話でほんのりシグナユ風味です。 【文字数:2000】 本文を読む 夜も深まった空には、無数の星々が煌めいている。 望遠鏡を覗き込んでそれらを観測する一時は、自宅に居ればこその楽しみだ。 「あの星……昨日はもっと明るかった気がするけど」 ブツブツと呟きながら、手元のノートに何やら書き込んでいる。 そこへ、梯子の下から馴染みのある声が聞こえてきた。 「おい、ナユタ。上がるぞ?」 「ん~、いいよ」 軽やかな身ごなしで屋上の床を踏んだシグナは、熱心に観察を続ける少年の背中を見て小さく笑む。 「あんまり夜更かしすんなよ?」 「あと、ちょっとだけ」 こんな時のナユタは、兄貴分の声かけにも生返事になりがちだ。 その性分を理解している彼は無言で手すりに身体を預け、腕を組みながら静かに上空を見上げた。 もうすぐ夏休みが終わろうとしている。 テラに別れを告げ、残され島に帰ってきてからは、ナユタと二人で便利屋家業に勤しんできた。 だが、そろそろお開きだ。 「さすがに、次の船で戻らないと間に合わねぇな」 港町サンセリーゼまでの航海日数を計算し、シグナが独り言のように呟いた。 「……さて、俺はどうすっかなぁ」 「え?」 ナユタは彼が側に佇んでいる気配を感じつつも、夜空の星たちに意識を寄せていたが、気になる言葉が聞こえて望遠鏡から目を離した。 「シグナ、自警団に戻るんじゃないの?」 酷く驚いた様子で青年の方に顔を向ける。 夏休みが明けて学院に戻る時は一緒だと、それが当たり前の思考すぎて疑いもしなかった。 「なんていうか……まさか、たった一年足らずで再会できるとは思わなかったし」 シグナは遠くを見つめたまま言葉を続ける。 「こっちで生活することに現実味がなかったんだよ。そりゃ、お前らと生きていきたいって願望はあったけど」 今は一つだけになった月が、郷愁めいた瞳の中に映り込んだ。 「だから、身の振り方なんて真面目に考えてなくてな」 本来の色である銀髪は濃藍が広がる空に映え、幻想的にすら見える。 ナユタはそれを綺麗だと感じたが、同時に不穏なざわめきを覚えた。 「案外……落ち着き始めた世界を見て回るってのも、いいかもしれねぇな」 ずっとつるんできた相棒のことだ。嫌な予感は見事に的中した。 「シグナ!なんでまた一人で行こうとするんだよ!?」 彼は星々のことなどそっちのけで、衝動的に食ってかかった。 「なんでって……お前はまだ学生だろうが。きっちり卒業しないと、島のヤツらに合わせる顔がなくなるぜ?」 その激しい反応が意外だったのか、シグナはようやく少年の方を向いた。 諭すような静かな口振りが、珍しく高ぶった相手を落ち着かせようとする。 ナユタの方も元から熱しやすい性格ではなく、何度か深呼吸をしてすぐに平静を取り戻した。 「だったら、二年・三年……いや、僕が卒業するまで待ってよ」 見下ろしてくる視線をしっかりと受け止め、真剣な言葉を返す。 「まだ将来のことは分からないけど、僕だってもっとこの世界を見てみたい」 テラから見えた半球体の世界は想像以上に広くて、そして鮮やかで。 きっと、まだまだ知らないことが沢山あるはずだ。それらを思い描くだけでも胸が踊った。 未知への興味と探究心は、いつだってナユタの心を占めている。 彼の瞳がキラキラと輝き始めたのを見て、シグナは困り顔で頭を掻いた。 「やれやれ、別に放浪の旅ってわけでもねぇし……たまには顔を出すつもりだったんだけどな」 「そんなの信用できない。また置いて行かれるのはごめんだからね」 ナユタは一年前のことを根に持っているのか、あからさまに頬を膨らませた。 「あ~、分かった、分かった」 さすがにこれは不利だと、シグナはばつが悪そうに首を振った。 「相談くらいしてくれたっていいのに。一人で決めようとするの、悪い癖だよ」 「そうは言ってもなぁ」 ご機嫌斜めな相棒の口調はどこか説教じみていて、苦笑を禁じ得ない。 本音を言えば、もし何年か先の話になるとしても彼を誘ってしまいたかった。 けれど、ライラとクレハの気持ちを考えれば、「一緒に行こう」と言い出せるはずもない。 自分の望みを優先してナユタを引っ張り回したら、彼女たちを悲しませることにもなりかねないと思った。 そんなことを考えていると、 「大体、一人で行ったってつまらないよ」 いつの間にか、目の前にナユタが立っていた。 少し背が伸びたのか、一年前よりも近い位置で互いを見合う形になる。 「絶対二人の方が楽しいに決まってる。シグナとだったら、どこへだって行けそうな気がするんだ」 それはすでに確定事項のように、ナユタの声が夜気の中で明るく跳ねた。 「ったく……お前は」 さっきの膨れっ面はどこへやら。 期待に満ちた瞳を向けられ、シグナは照れ隠しの溜息を吐いた。 彼からの言葉が嬉しくて仕方がなかった。 ナユタに想いを寄せる彼女らに対し、後ろめたさがないと言えば嘘になる。 心の奥に隠している感情が滲み出そうになるくらいには。 「取りあえず、お前が卒業するまでは待ってやる」 それを誤魔化すように小さな相棒の肩を叩き、この場を去ろうと脇をすり抜けた。 「あっ、待つってどこで!?」 梯子を使わず一気に下の階へ飛び降りてしまった彼に、ナユタが慌てて声をかけた。 手すりから身を乗り出して相手を見下ろす顔は、どことなく不安そうだ。 「……次の船に乗るなら、そろそろ準備しとかねぇとな」 シグナはそんな幼い表情を仰ぎ見て、優しく目元を緩ませる。 またしばらくは、サンセリーゼの自警団に身を置くことになりそうだった。 2021.08.07畳む
那由多の軌跡(改)
後日譚の後の話でほんのりシグナユ風味です。
【文字数:2000】
夜も深まった空には、無数の星々が煌めいている。
望遠鏡を覗き込んでそれらを観測する一時は、自宅に居ればこその楽しみだ。
「あの星……昨日はもっと明るかった気がするけど」
ブツブツと呟きながら、手元のノートに何やら書き込んでいる。
そこへ、梯子の下から馴染みのある声が聞こえてきた。
「おい、ナユタ。上がるぞ?」
「ん~、いいよ」
軽やかな身ごなしで屋上の床を踏んだシグナは、熱心に観察を続ける少年の背中を見て小さく笑む。
「あんまり夜更かしすんなよ?」
「あと、ちょっとだけ」
こんな時のナユタは、兄貴分の声かけにも生返事になりがちだ。
その性分を理解している彼は無言で手すりに身体を預け、腕を組みながら静かに上空を見上げた。
もうすぐ夏休みが終わろうとしている。
テラに別れを告げ、残され島に帰ってきてからは、ナユタと二人で便利屋家業に勤しんできた。
だが、そろそろお開きだ。
「さすがに、次の船で戻らないと間に合わねぇな」
港町サンセリーゼまでの航海日数を計算し、シグナが独り言のように呟いた。
「……さて、俺はどうすっかなぁ」
「え?」
ナユタは彼が側に佇んでいる気配を感じつつも、夜空の星たちに意識を寄せていたが、気になる言葉が聞こえて望遠鏡から目を離した。
「シグナ、自警団に戻るんじゃないの?」
酷く驚いた様子で青年の方に顔を向ける。
夏休みが明けて学院に戻る時は一緒だと、それが当たり前の思考すぎて疑いもしなかった。
「なんていうか……まさか、たった一年足らずで再会できるとは思わなかったし」
シグナは遠くを見つめたまま言葉を続ける。
「こっちで生活することに現実味がなかったんだよ。そりゃ、お前らと生きていきたいって願望はあったけど」
今は一つだけになった月が、郷愁めいた瞳の中に映り込んだ。
「だから、身の振り方なんて真面目に考えてなくてな」
本来の色である銀髪は濃藍が広がる空に映え、幻想的にすら見える。
ナユタはそれを綺麗だと感じたが、同時に不穏なざわめきを覚えた。
「案外……落ち着き始めた世界を見て回るってのも、いいかもしれねぇな」
ずっとつるんできた相棒のことだ。嫌な予感は見事に的中した。
「シグナ!なんでまた一人で行こうとするんだよ!?」
彼は星々のことなどそっちのけで、衝動的に食ってかかった。
「なんでって……お前はまだ学生だろうが。きっちり卒業しないと、島のヤツらに合わせる顔がなくなるぜ?」
その激しい反応が意外だったのか、シグナはようやく少年の方を向いた。
諭すような静かな口振りが、珍しく高ぶった相手を落ち着かせようとする。
ナユタの方も元から熱しやすい性格ではなく、何度か深呼吸をしてすぐに平静を取り戻した。
「だったら、二年・三年……いや、僕が卒業するまで待ってよ」
見下ろしてくる視線をしっかりと受け止め、真剣な言葉を返す。
「まだ将来のことは分からないけど、僕だってもっとこの世界を見てみたい」
テラから見えた半球体の世界は想像以上に広くて、そして鮮やかで。
きっと、まだまだ知らないことが沢山あるはずだ。それらを思い描くだけでも胸が踊った。
未知への興味と探究心は、いつだってナユタの心を占めている。
彼の瞳がキラキラと輝き始めたのを見て、シグナは困り顔で頭を掻いた。
「やれやれ、別に放浪の旅ってわけでもねぇし……たまには顔を出すつもりだったんだけどな」
「そんなの信用できない。また置いて行かれるのはごめんだからね」
ナユタは一年前のことを根に持っているのか、あからさまに頬を膨らませた。
「あ~、分かった、分かった」
さすがにこれは不利だと、シグナはばつが悪そうに首を振った。
「相談くらいしてくれたっていいのに。一人で決めようとするの、悪い癖だよ」
「そうは言ってもなぁ」
ご機嫌斜めな相棒の口調はどこか説教じみていて、苦笑を禁じ得ない。
本音を言えば、もし何年か先の話になるとしても彼を誘ってしまいたかった。
けれど、ライラとクレハの気持ちを考えれば、「一緒に行こう」と言い出せるはずもない。
自分の望みを優先してナユタを引っ張り回したら、彼女たちを悲しませることにもなりかねないと思った。
そんなことを考えていると、
「大体、一人で行ったってつまらないよ」
いつの間にか、目の前にナユタが立っていた。
少し背が伸びたのか、一年前よりも近い位置で互いを見合う形になる。
「絶対二人の方が楽しいに決まってる。シグナとだったら、どこへだって行けそうな気がするんだ」
それはすでに確定事項のように、ナユタの声が夜気の中で明るく跳ねた。
「ったく……お前は」
さっきの膨れっ面はどこへやら。
期待に満ちた瞳を向けられ、シグナは照れ隠しの溜息を吐いた。
彼からの言葉が嬉しくて仕方がなかった。
ナユタに想いを寄せる彼女らに対し、後ろめたさがないと言えば嘘になる。
心の奥に隠している感情が滲み出そうになるくらいには。
「取りあえず、お前が卒業するまでは待ってやる」
それを誤魔化すように小さな相棒の肩を叩き、この場を去ろうと脇をすり抜けた。
「あっ、待つってどこで!?」
梯子を使わず一気に下の階へ飛び降りてしまった彼に、ナユタが慌てて声をかけた。
手すりから身を乗り出して相手を見下ろす顔は、どことなく不安そうだ。
「……次の船に乗るなら、そろそろ準備しとかねぇとな」
シグナはそんな幼い表情を仰ぎ見て、優しく目元を緩ませる。
またしばらくは、サンセリーゼの自警団に身を置くことになりそうだった。
2021.08.07畳む