軌跡(ランロイ) 2021/04/07 Wed 焔の中に彼を見る 創・恋人設定 ロイドVS模倣擬体ランディの話。 『偽ロイドとランディ』の続きです。 本文を読む どこか心配げな瞳が見下ろしてきた。 「お前……もし俺と同じ状況になったら、やれんのか?」 「当たり前だろ。偽物なんだから」 なぜそんなことを聞いてくるのかと、ロイドはわずかに顔を歪めた。 「まぁ、なんつーか……見た目も動作も同じだと結構やりづらいんでな」 偽物との一戦では憤りを抱えつつも冷静な立ち回りをしていたが、多少のぎこちなさを感じていたらしい。 だが、それを相手に悟らせないあたりは流石の力量だ。 幾多の戦場を走り抜けてきた男の言葉は、少しだけロイドを不安にさせた。 けれど、すぐにそれを振り払うようにして強い声を出す。 「でも、やらなきゃやられるだろ」 真っ向からの双眼がランディへと向けられた。 「そりゃ、ごもっともで」 年下の相棒は至極当然なことを言っていて、頷く以外にはない。 彼は真面目な表情を一転させて小さく笑った。 (分かってはいるんだがなぁ) それでも、憂いが胸中を蝕んでいくのは止められなかった。 元より感情が表に出やすいロイドが、模倣擬体を目の前に平静を保っていられるだろうか? 動揺すれば、確実に攻撃の手が緩む。 戦闘中の思考回路が同じなら……と、脳内でシミュレーションをして暗澹たる気持ちになってしまった。 (勝っちまうんだよ……俺が) ロイドの動きが鈍くなれば、結果は明白だ。相手には手を抜く道理はないのだから。 それでも、想定だけで彼の矜持を傷付けるのは忍びないと思い、 「あんまり俺がいい男だからって、見惚れて躊躇するんじゃねぇぞ?」 わざとふざけた調子でさりげなく釘を刺した。 山道を吹き抜ける風が冷たくなってきた。 先程までは暖かい陽光が降り注いでいたが、いつの間にか湧き始めた雲の合間に隠れてしまっている。 「う~ん、降りそうだなぁ」 ロイドは鈍色に変化した空を見上げながら独りごちた。 山の天気が変わりやすいのは知っているが、さっきまで青空だったのにと、愚痴を零して踵を返す。 特に不穏な痕跡も気配もなく、偵察を終えるには良い合図だったのかもしれない。 そのまま、起伏のある道を歩く。 周囲はやけに静かだった。 急に風が止んだのか、木々のざわめきさえ聞こえてこない。 ── カチッ 不意に遠くで音がした。 「っ、今の!?」 聞き覚えのあるそれに、ロイドは顔を上げて空中を見る。 音がした方向から弧を描いて飛んでくる物体を捉え、脊髄反射でその場から飛び退いた。 直後、地面からの爆発音と共に白い煙が発生した。 「煙幕弾!」 それは『彼』が戦闘時に使用する手の一つ。 まさかと思い、ロイドは顔を袖で覆いながら気配を探った。 この煙幕の持続性はそう長くはない。 すぐに ── くる。 その瞬間。 空気中に四散していく煙を裂いて、殺意が現れた。 「後ろか!!」 後方の崖から降ってきた影が、着地と同時に攻撃を仕掛けてくる。 辛うじて防いだが威力は凄まじく、トンファーを構える腕に痛みが走った。 鮮やかな赤い長髪と派手なロングコートがロイドの視界をかすめる。 (──ランディ!) 思わず叫びそうになったが、そんな猶予すら与えてくれそうもなかった。 重量級のスタンハルバードを振り払うと、炎にも似た衝撃波が広がり、周りの草木さえも焼き尽くす。 ロイドは防戦を余儀なくされた。 あの時のやり取りが脳裏に浮かぶ。 ランディは憂慮していることを隠そうともしなかった。 「お前はやれるのか?」と。 偽物を相手に遅れを取るなど想像できなくて、不快げに応じたのを覚えている。 けれど、実際に模倣擬体と遭遇してしまった今、それが甘い認識だったと思い直さずにはいられなかった。 肉体的な戦闘能力は彼の方が上だが、本来ならここまで防戦一方になるはずがない。 無意識にどこかで戸惑っている。大切な人物の姿を前にして、身体が躊躇している。 本物の彼がわざわざ釘を刺してくれたのに。 ロイドは痛烈な波状攻撃を浴び続け、ついには吹き飛ばされた。 「ぐはっ!!」 地面に叩き付けられそうになったが、何とか受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。 噛みしめていた奥歯には血が滲み、口の中に鉄の味が広がった。 「まだだ……まだいける」 立ち上がりながら、強い光を宿した瞳を相手に向ける。 と、その時。 彼の手元に黒光りする凶器が姿を現した。 刃を仕込ませた高火力の大型銃は、彼の代名詞と言っても過言ではないもの。 「なっ──!?」 それを目の当たりにした途端、ロイドはカッと熱くなった。 全身の血液が沸騰するかのような感覚に襲われる。 「なんで……お前が持っている」 怒りを噛みしめる声が微かに震えた。 明らかに模倣品だと頭では理解していても、この感情は抑えられそうにない。 「その姿を見せるな」 トンファーを握る手に爪が食い込む程の力が籠もる。 「ランディがどれだけ苦しんで、どれだけ葛藤してきたかも知らないくせに」 茶色の瞳から噴き出す激情が一気に沸点を突き破った。 「それはお前が持っていいものじゃない!」 ロイドは銃口が向けられているのを承知で、真正面から唸りを上げて突進した。 轟く銃声をもろともせず、急速に相手との距離を詰める。 弾丸が頬や四肢をかすめ、焼け付く痛みが走ったが気にも留めなかった。 「うおぉぉぉ!!」 相手の懐に潜り込み、間髪を入れずに凄まじい勢いで攻撃を叩き込む。 反撃の隙など一切与えない猛攻は青白い闘気の炎を纏い、牙を突き刺して炸裂した。 耳障りな音と共に模倣擬体の片腕が吹き飛んだ。 激しいダメージを受け、全身のいたるところで火花が爆ぜている。 残った片腕でベルゼルガーを抱え、よろめく身体を支えている姿が炎に巻かれていく。 「ランディの報告通りか」 情報交換の時、彼が言っていた最後と同じだった。 ロイドは肩で息をしながらその光景を見つめる。 彼の姿が失われていく間際、焔に焼かれた翡翠の色と目が合った。 「……あ」 唇が短い言葉を刻み、最後にニヤリと笑った。 立ち上る火柱を見送ったロイドは、力が抜けたように両膝から崩れ落ちた。 武器を持ったままの両手が小刻みに震えている。 「違う。本物じゃないのに」 声は聞こえずとも口の動きで読み取れた。 それは彼らしい簡潔な別れ。本当に彼が言いそうな言葉だった。 「……違う」 ロイドはしばらくその場から立ち上がれなかった。 静けさに包まれた山道を一際強い風が走り抜けた。 その冷たさに押された彼は、ようやく顔を上げた。 「俺、ほんとに情けないな」 少し落ち着いてきたせいか、今まで意識していなかった傷の痛みが蘇る。 「……帰らないと」 早く会いたいと思った。 この目で見て、この手で触れて、大切な存在を確かめたかった。 強い想いに囚われながら、立ち上がって歩き出す。 そんな矢先。 不意に携帯端末の呼び出し音が鳴り響いた。 「──はい、こちらロイ……」 「おい、そっちの状況はどうだ?」 応答に被ってくる声が耳元を通り、一瞬にして心臓が止まりかけた。 「え、あ……」 今、心から欲している人物の声を聞いてしまって動揺を隠せない。 脈打つ鼓動が次第に早くなっていく。 「俺の方は早く片が付いちまってよ。そっちに合流するか?」 「いや……」 それでも何とか冷静になろうと、両目を閉じて呼吸を整える。 「こっちは大丈夫だ。少し遅くなりそうだけど……ランディは先に戻っていてくれ」 誤魔化しきれるとは思わなかったが、震えそうになる声を抑え、極力リーダーらしく振る舞った。 「それじゃ、また後でな」 ロイドは訝しんでいるであろう彼からの追求を恐れ、強引に自分の方から通信を切った。 そして、大きく息を吐き出した。 なけなしの矜持が邪魔をして、喉から手が出るほどの申し出を受け入れられない。 弱音を吐き出したくなかった。 同じ状況でもランディは相手に悟らせないくらい冷静だったのに。 こんなにも余裕がない自分が不甲斐なくて仕方がなかった。 今にも雨が降ってきそうな空だった。 早く会いたいという気持ちよりも、あの声から逃げた後ろめたさが先に立ち、山道を行く歩みは遅い。 けれど、再び強襲を受ける危険は拭いきれず、周囲の警戒は怠らなかった。 そんな中、ロイドはピタリと足を止めた。 「……なんだ?」 何かが近づいてくる気配を感じて、一気に緊張感が高まる。 武器を構えて即座に動ける体勢を整えた。 「その反応……やっぱりな」 聞き慣れた声が上から降ってきて、反射的にその相手を睨み付ける。 「おいおい、見間違うなよ?『俺』の方がはるかにいい男だぜ」 軽い口調と共に、赤い髪の青年が切り立った崖の上から飛び降りてきた。 「ラン……ディ?」 人懐っこい笑みを浮かべたその顔を見て、ロイドは呆然としてしまった。 「お前ってほんと下手すぎ」 あれでは何かあったと言っているようなものだ。 スピーカー越しのやり取りを思い出し、ランディがわざとらしく肩を竦めてみせた。 彼はロイドが合流を断った時、直感的に模倣擬体とやり合ったのではないかと思った。 普段なら二つ返事で申し出を受け入れる場面で、わざわざ距離を置いたのだから。 「な、なんでいるんだよ?」 「ここいらには縁があるからな。ショートカットできる裏道なんていくらでも知ってるぜ」 もっともな疑問を受けて得意げに答えたランディは、ロイドの安否を確認して安堵した。 だが、彼の側へ歩み寄った途端に気色ばむ。 一戦交えたであろうロイドは、もちろん無傷ではなかった。 その傷の負い方を見て、ランディはすぐに戦闘時の状況を把握した。 「ロイド……」 戯けた色は消え失せ、静かな怒気を滲ませて相手の胸ぐらを乱暴に掴む。 「俺は躊躇するなとは言ったが、銃口に向かって突っ込めとは言ってねぇ」 発せられた低い声は、普段の軽さが嘘のように凄みがあった。 突き刺さるような鋭い眼光を受け、ロイドの身体が萎縮する。 ベルゼルガー相手に正面突破など、無謀としか言いようがない。 ランディが怒るのも当然だ。 それでも、あの時のロイドには決して譲れない想いがあった。 「……許せなかった」 軋むほど強く歯を噛みしめ、拳を握る。 「あいつが、あれを持っている姿が!どっちも偽物だと分かってても許せなかった!」 激昂した瞳で真正面から赤毛の青年を睨み返し、叫びにも似た声を上げる。 「ランディとベルゼルガーのことなんて、何一つ知らないくせに!」 感情が高ぶっているせいか目元が潤んでいたが、それでも顔を逸らそうとはしなかった。 束の間、質の違う互いの怒りがぶつかった。 静寂の中で無言のにらみ合いをする。 先に折れたのはランディの方だった。 わずかな吐息と共に、胸ぐらを掴んでいた手を離す。 「ったく、お前ってヤツは」 どこまでも真っ直ぐで熱の籠もった眼差しには、いつだって適わない。 それが強く想われているがゆえのこととなれば、尚更だった。 「分かったから、そんな目で見るなって」 彼は銃弾がかすめたロイドの頬へ、宥めるように唇を寄せた。 驚いて跳ねた身体を抱き寄せ、その頭部を優しく叩く。 (……本物だ) その心地良い温もりを受けたロイドは、荒ぶっている心が一気に収まっていくのを感じた。 確かめたかった存在が今ここにある。 自分の方からも触れたくて、彼の背中に腕を回そうとした。 だが、その時。 空からポツリと落ちてきた雨粒に邪魔をされてしまった。 「あ~、やっぱり降ってきやがった」 ランディが嫌そうな声で薄暗い空を振り仰ぐ。 「いい加減、早く帰って手当てしないとな」 そう言葉を続け、ゆっくりと抱擁の腕を解いた。 「あ、うん……そうだな」 ロイドにしてみれば、その触れ合いは一瞬に等しかった。 物足りなさを感じてしまい、無意識の内に寂しそうな表情をする。 (仔犬みたいなツラしてんな) それを見逃さなかったランディは苦笑したが、こんな時に彼をからかうのは酷だろうとも思った。 おもむろに自分の上着を脱ぎ、それをロイドに羽織らせる。 「代わりにこれで我慢しとけ」と言ってやりたい気持ちを抑えて、別の言葉を口にした。 「その身体で雨に濡れるのは良くねぇからな」 本降りになる気配はなさそうだが、雲の隙間からは不規則に雨が落ちてくる。 「これじゃ、ランディの方が濡れるだろ?」 「気にすんなよ。っていうか、帰るまで返却不可なんで」 ロイドはすぐにそう言ったが、上着の主には軽くあしらわれてしまった。 そのことを申し訳ないと思いつつも、密かに胸を撫で下ろす。 (これ……温かいな) 少し大きすぎるけれど、それが逆に包み込まれているという感覚をより強くさせる。 もっと感じていたくて、肩に掛かっているだけの上着を胸元に手繰り寄せた。 離れてしまった優しい腕の代わりを得たロイドは、嬉しげに目を細める。 満たされない寂しさが、ゆっくりと解けていくようだった。 肩を並べて歩く道すがら、ランディがふと口を開いた。 「あー、そうそう。さっきは折れてやったけど、俺はまだ怒ってんだよなぁ」 「え?」 聞こえてきた声は少し硬質で、不安になったロイドの足が止まってしまった。 「無謀なことやってくれた件は……後で『お仕置き』な」 「な、なに言ってんだよ」 不穏な言葉が耳に届き、思わず狼狽えながら後退る。 ランディは自分の上着の色に染まっているロイドを満足げに眺め、逃げる腕を掴んだ。 「今日一日、これでもかってくらいに甘やかしてやるから、覚悟しとけ」 負傷した彼の身体を気遣いながらも、そのまま引っ張って再び歩き出す。 為すがままにされているロイドは、垣間見た恋人の横顔に既視感を覚えた。 状況はまるで違ったが、不敵に口角を吊り上げる様が重なる。 (似てる……でも) あの時。焔の中で別れを告げる彼を見て、両手の震えが止まらなかった。 けれど、今はその手に確かな温もりがある。 (でも、やっぱり違うんだ) 込み上げてくるものが目の端に滲み、赤い長髪を揺らしている背中がぼやけた。 悟られたら確実にからかわれるだろうと思って、強引に空いてる手でそれを拭う。 そして、ロイドはようやく小さな笑顔を見せた。 沈んでいた空は次第に明るさを帯び、そろそろ雨も上がりそうだった。 2021.04.07 #創畳む
創・恋人設定
ロイドVS模倣擬体ランディの話。
『偽ロイドとランディ』の続きです。
どこか心配げな瞳が見下ろしてきた。
「お前……もし俺と同じ状況になったら、やれんのか?」
「当たり前だろ。偽物なんだから」
なぜそんなことを聞いてくるのかと、ロイドはわずかに顔を歪めた。
「まぁ、なんつーか……見た目も動作も同じだと結構やりづらいんでな」
偽物との一戦では憤りを抱えつつも冷静な立ち回りをしていたが、多少のぎこちなさを感じていたらしい。
だが、それを相手に悟らせないあたりは流石の力量だ。
幾多の戦場を走り抜けてきた男の言葉は、少しだけロイドを不安にさせた。
けれど、すぐにそれを振り払うようにして強い声を出す。
「でも、やらなきゃやられるだろ」
真っ向からの双眼がランディへと向けられた。
「そりゃ、ごもっともで」
年下の相棒は至極当然なことを言っていて、頷く以外にはない。
彼は真面目な表情を一転させて小さく笑った。
(分かってはいるんだがなぁ)
それでも、憂いが胸中を蝕んでいくのは止められなかった。
元より感情が表に出やすいロイドが、模倣擬体を目の前に平静を保っていられるだろうか?
動揺すれば、確実に攻撃の手が緩む。
戦闘中の思考回路が同じなら……と、脳内でシミュレーションをして暗澹たる気持ちになってしまった。
(勝っちまうんだよ……俺が)
ロイドの動きが鈍くなれば、結果は明白だ。相手には手を抜く道理はないのだから。
それでも、想定だけで彼の矜持を傷付けるのは忍びないと思い、
「あんまり俺がいい男だからって、見惚れて躊躇するんじゃねぇぞ?」
わざとふざけた調子でさりげなく釘を刺した。
山道を吹き抜ける風が冷たくなってきた。
先程までは暖かい陽光が降り注いでいたが、いつの間にか湧き始めた雲の合間に隠れてしまっている。
「う~ん、降りそうだなぁ」
ロイドは鈍色に変化した空を見上げながら独りごちた。
山の天気が変わりやすいのは知っているが、さっきまで青空だったのにと、愚痴を零して踵を返す。
特に不穏な痕跡も気配もなく、偵察を終えるには良い合図だったのかもしれない。
そのまま、起伏のある道を歩く。
周囲はやけに静かだった。
急に風が止んだのか、木々のざわめきさえ聞こえてこない。
── カチッ
不意に遠くで音がした。
「っ、今の!?」
聞き覚えのあるそれに、ロイドは顔を上げて空中を見る。
音がした方向から弧を描いて飛んでくる物体を捉え、脊髄反射でその場から飛び退いた。
直後、地面からの爆発音と共に白い煙が発生した。
「煙幕弾!」
それは『彼』が戦闘時に使用する手の一つ。
まさかと思い、ロイドは顔を袖で覆いながら気配を探った。
この煙幕の持続性はそう長くはない。
すぐに ── くる。
その瞬間。
空気中に四散していく煙を裂いて、殺意が現れた。
「後ろか!!」
後方の崖から降ってきた影が、着地と同時に攻撃を仕掛けてくる。
辛うじて防いだが威力は凄まじく、トンファーを構える腕に痛みが走った。
鮮やかな赤い長髪と派手なロングコートがロイドの視界をかすめる。
(──ランディ!)
思わず叫びそうになったが、そんな猶予すら与えてくれそうもなかった。
重量級のスタンハルバードを振り払うと、炎にも似た衝撃波が広がり、周りの草木さえも焼き尽くす。
ロイドは防戦を余儀なくされた。
あの時のやり取りが脳裏に浮かぶ。
ランディは憂慮していることを隠そうともしなかった。
「お前はやれるのか?」と。
偽物を相手に遅れを取るなど想像できなくて、不快げに応じたのを覚えている。
けれど、実際に模倣擬体と遭遇してしまった今、それが甘い認識だったと思い直さずにはいられなかった。
肉体的な戦闘能力は彼の方が上だが、本来ならここまで防戦一方になるはずがない。
無意識にどこかで戸惑っている。大切な人物の姿を前にして、身体が躊躇している。
本物の彼がわざわざ釘を刺してくれたのに。
ロイドは痛烈な波状攻撃を浴び続け、ついには吹き飛ばされた。
「ぐはっ!!」
地面に叩き付けられそうになったが、何とか受け身を取ってすぐに体勢を立て直す。
噛みしめていた奥歯には血が滲み、口の中に鉄の味が広がった。
「まだだ……まだいける」
立ち上がりながら、強い光を宿した瞳を相手に向ける。
と、その時。
彼の手元に黒光りする凶器が姿を現した。
刃を仕込ませた高火力の大型銃は、彼の代名詞と言っても過言ではないもの。
「なっ──!?」
それを目の当たりにした途端、ロイドはカッと熱くなった。
全身の血液が沸騰するかのような感覚に襲われる。
「なんで……お前が持っている」
怒りを噛みしめる声が微かに震えた。
明らかに模倣品だと頭では理解していても、この感情は抑えられそうにない。
「その姿を見せるな」
トンファーを握る手に爪が食い込む程の力が籠もる。
「ランディがどれだけ苦しんで、どれだけ葛藤してきたかも知らないくせに」
茶色の瞳から噴き出す激情が一気に沸点を突き破った。
「それはお前が持っていいものじゃない!」
ロイドは銃口が向けられているのを承知で、真正面から唸りを上げて突進した。
轟く銃声をもろともせず、急速に相手との距離を詰める。
弾丸が頬や四肢をかすめ、焼け付く痛みが走ったが気にも留めなかった。
「うおぉぉぉ!!」
相手の懐に潜り込み、間髪を入れずに凄まじい勢いで攻撃を叩き込む。
反撃の隙など一切与えない猛攻は青白い闘気の炎を纏い、牙を突き刺して炸裂した。
耳障りな音と共に模倣擬体の片腕が吹き飛んだ。
激しいダメージを受け、全身のいたるところで火花が爆ぜている。
残った片腕でベルゼルガーを抱え、よろめく身体を支えている姿が炎に巻かれていく。
「ランディの報告通りか」
情報交換の時、彼が言っていた最後と同じだった。
ロイドは肩で息をしながらその光景を見つめる。
彼の姿が失われていく間際、焔に焼かれた翡翠の色と目が合った。
「……あ」
唇が短い言葉を刻み、最後にニヤリと笑った。
立ち上る火柱を見送ったロイドは、力が抜けたように両膝から崩れ落ちた。
武器を持ったままの両手が小刻みに震えている。
「違う。本物じゃないのに」
声は聞こえずとも口の動きで読み取れた。
それは彼らしい簡潔な別れ。本当に彼が言いそうな言葉だった。
「……違う」
ロイドはしばらくその場から立ち上がれなかった。
静けさに包まれた山道を一際強い風が走り抜けた。
その冷たさに押された彼は、ようやく顔を上げた。
「俺、ほんとに情けないな」
少し落ち着いてきたせいか、今まで意識していなかった傷の痛みが蘇る。
「……帰らないと」
早く会いたいと思った。
この目で見て、この手で触れて、大切な存在を確かめたかった。
強い想いに囚われながら、立ち上がって歩き出す。
そんな矢先。
不意に携帯端末の呼び出し音が鳴り響いた。
「──はい、こちらロイ……」
「おい、そっちの状況はどうだ?」
応答に被ってくる声が耳元を通り、一瞬にして心臓が止まりかけた。
「え、あ……」
今、心から欲している人物の声を聞いてしまって動揺を隠せない。
脈打つ鼓動が次第に早くなっていく。
「俺の方は早く片が付いちまってよ。そっちに合流するか?」
「いや……」
それでも何とか冷静になろうと、両目を閉じて呼吸を整える。
「こっちは大丈夫だ。少し遅くなりそうだけど……ランディは先に戻っていてくれ」
誤魔化しきれるとは思わなかったが、震えそうになる声を抑え、極力リーダーらしく振る舞った。
「それじゃ、また後でな」
ロイドは訝しんでいるであろう彼からの追求を恐れ、強引に自分の方から通信を切った。
そして、大きく息を吐き出した。
なけなしの矜持が邪魔をして、喉から手が出るほどの申し出を受け入れられない。
弱音を吐き出したくなかった。
同じ状況でもランディは相手に悟らせないくらい冷静だったのに。
こんなにも余裕がない自分が不甲斐なくて仕方がなかった。
今にも雨が降ってきそうな空だった。
早く会いたいという気持ちよりも、あの声から逃げた後ろめたさが先に立ち、山道を行く歩みは遅い。
けれど、再び強襲を受ける危険は拭いきれず、周囲の警戒は怠らなかった。
そんな中、ロイドはピタリと足を止めた。
「……なんだ?」
何かが近づいてくる気配を感じて、一気に緊張感が高まる。
武器を構えて即座に動ける体勢を整えた。
「その反応……やっぱりな」
聞き慣れた声が上から降ってきて、反射的にその相手を睨み付ける。
「おいおい、見間違うなよ?『俺』の方がはるかにいい男だぜ」
軽い口調と共に、赤い髪の青年が切り立った崖の上から飛び降りてきた。
「ラン……ディ?」
人懐っこい笑みを浮かべたその顔を見て、ロイドは呆然としてしまった。
「お前ってほんと下手すぎ」
あれでは何かあったと言っているようなものだ。
スピーカー越しのやり取りを思い出し、ランディがわざとらしく肩を竦めてみせた。
彼はロイドが合流を断った時、直感的に模倣擬体とやり合ったのではないかと思った。
普段なら二つ返事で申し出を受け入れる場面で、わざわざ距離を置いたのだから。
「な、なんでいるんだよ?」
「ここいらには縁があるからな。ショートカットできる裏道なんていくらでも知ってるぜ」
もっともな疑問を受けて得意げに答えたランディは、ロイドの安否を確認して安堵した。
だが、彼の側へ歩み寄った途端に気色ばむ。
一戦交えたであろうロイドは、もちろん無傷ではなかった。
その傷の負い方を見て、ランディはすぐに戦闘時の状況を把握した。
「ロイド……」
戯けた色は消え失せ、静かな怒気を滲ませて相手の胸ぐらを乱暴に掴む。
「俺は躊躇するなとは言ったが、銃口に向かって突っ込めとは言ってねぇ」
発せられた低い声は、普段の軽さが嘘のように凄みがあった。
突き刺さるような鋭い眼光を受け、ロイドの身体が萎縮する。
ベルゼルガー相手に正面突破など、無謀としか言いようがない。
ランディが怒るのも当然だ。
それでも、あの時のロイドには決して譲れない想いがあった。
「……許せなかった」
軋むほど強く歯を噛みしめ、拳を握る。
「あいつが、あれを持っている姿が!どっちも偽物だと分かってても許せなかった!」
激昂した瞳で真正面から赤毛の青年を睨み返し、叫びにも似た声を上げる。
「ランディとベルゼルガーのことなんて、何一つ知らないくせに!」
感情が高ぶっているせいか目元が潤んでいたが、それでも顔を逸らそうとはしなかった。
束の間、質の違う互いの怒りがぶつかった。
静寂の中で無言のにらみ合いをする。
先に折れたのはランディの方だった。
わずかな吐息と共に、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「ったく、お前ってヤツは」
どこまでも真っ直ぐで熱の籠もった眼差しには、いつだって適わない。
それが強く想われているがゆえのこととなれば、尚更だった。
「分かったから、そんな目で見るなって」
彼は銃弾がかすめたロイドの頬へ、宥めるように唇を寄せた。
驚いて跳ねた身体を抱き寄せ、その頭部を優しく叩く。
(……本物だ)
その心地良い温もりを受けたロイドは、荒ぶっている心が一気に収まっていくのを感じた。
確かめたかった存在が今ここにある。
自分の方からも触れたくて、彼の背中に腕を回そうとした。
だが、その時。
空からポツリと落ちてきた雨粒に邪魔をされてしまった。
「あ~、やっぱり降ってきやがった」
ランディが嫌そうな声で薄暗い空を振り仰ぐ。
「いい加減、早く帰って手当てしないとな」
そう言葉を続け、ゆっくりと抱擁の腕を解いた。
「あ、うん……そうだな」
ロイドにしてみれば、その触れ合いは一瞬に等しかった。
物足りなさを感じてしまい、無意識の内に寂しそうな表情をする。
(仔犬みたいなツラしてんな)
それを見逃さなかったランディは苦笑したが、こんな時に彼をからかうのは酷だろうとも思った。
おもむろに自分の上着を脱ぎ、それをロイドに羽織らせる。
「代わりにこれで我慢しとけ」と言ってやりたい気持ちを抑えて、別の言葉を口にした。
「その身体で雨に濡れるのは良くねぇからな」
本降りになる気配はなさそうだが、雲の隙間からは不規則に雨が落ちてくる。
「これじゃ、ランディの方が濡れるだろ?」
「気にすんなよ。っていうか、帰るまで返却不可なんで」
ロイドはすぐにそう言ったが、上着の主には軽くあしらわれてしまった。
そのことを申し訳ないと思いつつも、密かに胸を撫で下ろす。
(これ……温かいな)
少し大きすぎるけれど、それが逆に包み込まれているという感覚をより強くさせる。
もっと感じていたくて、肩に掛かっているだけの上着を胸元に手繰り寄せた。
離れてしまった優しい腕の代わりを得たロイドは、嬉しげに目を細める。
満たされない寂しさが、ゆっくりと解けていくようだった。
肩を並べて歩く道すがら、ランディがふと口を開いた。
「あー、そうそう。さっきは折れてやったけど、俺はまだ怒ってんだよなぁ」
「え?」
聞こえてきた声は少し硬質で、不安になったロイドの足が止まってしまった。
「無謀なことやってくれた件は……後で『お仕置き』な」
「な、なに言ってんだよ」
不穏な言葉が耳に届き、思わず狼狽えながら後退る。
ランディは自分の上着の色に染まっているロイドを満足げに眺め、逃げる腕を掴んだ。
「今日一日、これでもかってくらいに甘やかしてやるから、覚悟しとけ」
負傷した彼の身体を気遣いながらも、そのまま引っ張って再び歩き出す。
為すがままにされているロイドは、垣間見た恋人の横顔に既視感を覚えた。
状況はまるで違ったが、不敵に口角を吊り上げる様が重なる。
(似てる……でも)
あの時。焔の中で別れを告げる彼を見て、両手の震えが止まらなかった。
けれど、今はその手に確かな温もりがある。
(でも、やっぱり違うんだ)
込み上げてくるものが目の端に滲み、赤い長髪を揺らしている背中がぼやけた。
悟られたら確実にからかわれるだろうと思って、強引に空いてる手でそれを拭う。
そして、ロイドはようやく小さな笑顔を見せた。
沈んでいた空は次第に明るさを帯び、そろそろ雨も上がりそうだった。
2021.04.07
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