軌跡シリーズ以外の二次置き場
君と共に行く未来
那由多の軌跡(改)
後日譚の後の話でほんのりシグナユ風味です。
【文字数:2000】
夜も深まった空には、無数の星々が煌めいている。
望遠鏡を覗き込んでそれらを観測する一時は、自宅に居ればこその楽しみだ。
「あの星……昨日はもっと明るかった気がするけど」
ブツブツと呟きながら、手元のノートに何やら書き込んでいる。
そこへ、梯子の下から馴染みのある声が聞こえてきた。
「おい、ナユタ。上がるぞ?」
「ん~、いいよ」
軽やかな身ごなしで屋上の床を踏んだシグナは、熱心に観察を続ける少年の背中を見て小さく笑む。
「あんまり夜更かしすんなよ?」
「あと、ちょっとだけ」
こんな時のナユタは、兄貴分の声かけにも生返事になりがちだ。
その性分を理解している彼は無言で手すりに身体を預け、腕を組みながら静かに上空を見上げた。
もうすぐ夏休みが終わろうとしている。
テラに別れを告げ、残され島に帰ってきてからは、ナユタと二人で便利屋家業に勤しんできた。
だが、そろそろお開きだ。
「さすがに、次の船で戻らないと間に合わねぇな」
港町サンセリーゼまでの航海日数を計算し、シグナが独り言のように呟いた。
「……さて、俺はどうすっかなぁ」
「え?」
ナユタは彼が側に佇んでいる気配を感じつつも、夜空の星たちに意識を寄せていたが、気になる言葉が聞こえて望遠鏡から目を離した。
「シグナ、自警団に戻るんじゃないの?」
酷く驚いた様子で青年の方に顔を向ける。
夏休みが明けて学院に戻る時は一緒だと、それが当たり前の思考すぎて疑いもしなかった。
「なんていうか……まさか、たった一年足らずで再会できるとは思わなかったし」
シグナは遠くを見つめたまま言葉を続ける。
「こっちで生活することに現実味がなかったんだよ。そりゃ、お前らと生きていきたいって願望はあったけど」
今は一つだけになった月が、郷愁めいた瞳の中に映り込んだ。
「だから、身の振り方なんて真面目に考えてなくてな」
本来の色である銀髪は濃藍が広がる空に映え、幻想的にすら見える。
ナユタはそれを綺麗だと感じたが、同時に不穏なざわめきを覚えた。
「案外……落ち着き始めた世界を見て回るってのも、いいかもしれねぇな」
ずっとつるんできた相棒のことだ。嫌な予感は見事に的中した。
「シグナ!なんでまた一人で行こうとするんだよ!?」
彼は星々のことなどそっちのけで、衝動的に食ってかかった。
「なんでって……お前はまだ学生だろうが。きっちり卒業しないと、島のヤツらに合わせる顔がなくなるぜ?」
その激しい反応が意外だったのか、シグナはようやく少年の方を向いた。
諭すような静かな口振りが、珍しく高ぶった相手を落ち着かせようとする。
ナユタの方も元から熱しやすい性格ではなく、何度か深呼吸をしてすぐに平静を取り戻した。
「だったら、二年・三年……いや、僕が卒業するまで待ってよ」
見下ろしてくる視線をしっかりと受け止め、真剣な言葉を返す。
「まだ将来のことは分からないけど、僕だってもっとこの世界を見てみたい」
テラから見えた半球体の世界は想像以上に広くて、そして鮮やかで。
きっと、まだまだ知らないことが沢山あるはずだ。それらを思い描くだけでも胸が踊った。
未知への興味と探究心は、いつだってナユタの心を占めている。
彼の瞳がキラキラと輝き始めたのを見て、シグナは困り顔で頭を掻いた。
「やれやれ、別に放浪の旅ってわけでもねぇし……たまには顔を出すつもりだったんだけどな」
「そんなの信用できない。また置いて行かれるのはごめんだからね」
ナユタは一年前のことを根に持っているのか、あからさまに頬を膨らませた。
「あ~、分かった、分かった」
さすがにこれは不利だと、シグナはばつが悪そうに首を振った。
「相談くらいしてくれたっていいのに。一人で決めようとするの、悪い癖だよ」
「そうは言ってもなぁ」
ご機嫌斜めな相棒の口調はどこか説教じみていて、苦笑を禁じ得ない。
本音を言えば、もし何年か先の話になるとしても彼を誘ってしまいたかった。
けれど、ライラとクレハの気持ちを考えれば、「一緒に行こう」と言い出せるはずもない。
自分の望みを優先してナユタを引っ張り回したら、彼女たちを悲しませることにもなりかねないと思った。
そんなことを考えていると、
「大体、一人で行ったってつまらないよ」
いつの間にか、目の前にナユタが立っていた。
少し背が伸びたのか、一年前よりも近い位置で互いを見合う形になる。
「絶対二人の方が楽しいに決まってる。シグナとだったら、どこへだって行けそうな気がするんだ」
それはすでに確定事項のように、ナユタの声が夜気の中で明るく跳ねた。
「ったく……お前は」
さっきの膨れっ面はどこへやら。
期待に満ちた瞳を向けられ、シグナは照れ隠しの溜息を吐いた。
彼からの言葉が嬉しくて仕方がなかった。
ナユタに想いを寄せる彼女らに対し、後ろめたさがないと言えば嘘になる。
心の奥に隠している感情が滲み出そうになるくらいには。
「取りあえず、お前が卒業するまでは待ってやる」
それを誤魔化すように小さな相棒の肩を叩き、この場を去ろうと脇をすり抜けた。
「あっ、待つってどこで!?」
梯子を使わず一気に下の階へ飛び降りてしまった彼に、ナユタが慌てて声をかけた。
手すりから身を乗り出して相手を見下ろす顔は、どことなく不安そうだ。
「……次の船に乗るなら、そろそろ準備しとかねぇとな」
シグナはそんな幼い表情を仰ぎ見て、優しく目元を緩ませる。
またしばらくは、サンセリーゼの自警団に身を置くことになりそうだった。
2021.08.07畳む
那由多の軌跡(改)
後日譚の後の話でほんのりシグナユ風味です。
【文字数:2000】
夜も深まった空には、無数の星々が煌めいている。
望遠鏡を覗き込んでそれらを観測する一時は、自宅に居ればこその楽しみだ。
「あの星……昨日はもっと明るかった気がするけど」
ブツブツと呟きながら、手元のノートに何やら書き込んでいる。
そこへ、梯子の下から馴染みのある声が聞こえてきた。
「おい、ナユタ。上がるぞ?」
「ん~、いいよ」
軽やかな身ごなしで屋上の床を踏んだシグナは、熱心に観察を続ける少年の背中を見て小さく笑む。
「あんまり夜更かしすんなよ?」
「あと、ちょっとだけ」
こんな時のナユタは、兄貴分の声かけにも生返事になりがちだ。
その性分を理解している彼は無言で手すりに身体を預け、腕を組みながら静かに上空を見上げた。
もうすぐ夏休みが終わろうとしている。
テラに別れを告げ、残され島に帰ってきてからは、ナユタと二人で便利屋家業に勤しんできた。
だが、そろそろお開きだ。
「さすがに、次の船で戻らないと間に合わねぇな」
港町サンセリーゼまでの航海日数を計算し、シグナが独り言のように呟いた。
「……さて、俺はどうすっかなぁ」
「え?」
ナユタは彼が側に佇んでいる気配を感じつつも、夜空の星たちに意識を寄せていたが、気になる言葉が聞こえて望遠鏡から目を離した。
「シグナ、自警団に戻るんじゃないの?」
酷く驚いた様子で青年の方に顔を向ける。
夏休みが明けて学院に戻る時は一緒だと、それが当たり前の思考すぎて疑いもしなかった。
「なんていうか……まさか、たった一年足らずで再会できるとは思わなかったし」
シグナは遠くを見つめたまま言葉を続ける。
「こっちで生活することに現実味がなかったんだよ。そりゃ、お前らと生きていきたいって願望はあったけど」
今は一つだけになった月が、郷愁めいた瞳の中に映り込んだ。
「だから、身の振り方なんて真面目に考えてなくてな」
本来の色である銀髪は濃藍が広がる空に映え、幻想的にすら見える。
ナユタはそれを綺麗だと感じたが、同時に不穏なざわめきを覚えた。
「案外……落ち着き始めた世界を見て回るってのも、いいかもしれねぇな」
ずっとつるんできた相棒のことだ。嫌な予感は見事に的中した。
「シグナ!なんでまた一人で行こうとするんだよ!?」
彼は星々のことなどそっちのけで、衝動的に食ってかかった。
「なんでって……お前はまだ学生だろうが。きっちり卒業しないと、島のヤツらに合わせる顔がなくなるぜ?」
その激しい反応が意外だったのか、シグナはようやく少年の方を向いた。
諭すような静かな口振りが、珍しく高ぶった相手を落ち着かせようとする。
ナユタの方も元から熱しやすい性格ではなく、何度か深呼吸をしてすぐに平静を取り戻した。
「だったら、二年・三年……いや、僕が卒業するまで待ってよ」
見下ろしてくる視線をしっかりと受け止め、真剣な言葉を返す。
「まだ将来のことは分からないけど、僕だってもっとこの世界を見てみたい」
テラから見えた半球体の世界は想像以上に広くて、そして鮮やかで。
きっと、まだまだ知らないことが沢山あるはずだ。それらを思い描くだけでも胸が踊った。
未知への興味と探究心は、いつだってナユタの心を占めている。
彼の瞳がキラキラと輝き始めたのを見て、シグナは困り顔で頭を掻いた。
「やれやれ、別に放浪の旅ってわけでもねぇし……たまには顔を出すつもりだったんだけどな」
「そんなの信用できない。また置いて行かれるのはごめんだからね」
ナユタは一年前のことを根に持っているのか、あからさまに頬を膨らませた。
「あ~、分かった、分かった」
さすがにこれは不利だと、シグナはばつが悪そうに首を振った。
「相談くらいしてくれたっていいのに。一人で決めようとするの、悪い癖だよ」
「そうは言ってもなぁ」
ご機嫌斜めな相棒の口調はどこか説教じみていて、苦笑を禁じ得ない。
本音を言えば、もし何年か先の話になるとしても彼を誘ってしまいたかった。
けれど、ライラとクレハの気持ちを考えれば、「一緒に行こう」と言い出せるはずもない。
自分の望みを優先してナユタを引っ張り回したら、彼女たちを悲しませることにもなりかねないと思った。
そんなことを考えていると、
「大体、一人で行ったってつまらないよ」
いつの間にか、目の前にナユタが立っていた。
少し背が伸びたのか、一年前よりも近い位置で互いを見合う形になる。
「絶対二人の方が楽しいに決まってる。シグナとだったら、どこへだって行けそうな気がするんだ」
それはすでに確定事項のように、ナユタの声が夜気の中で明るく跳ねた。
「ったく……お前は」
さっきの膨れっ面はどこへやら。
期待に満ちた瞳を向けられ、シグナは照れ隠しの溜息を吐いた。
彼からの言葉が嬉しくて仕方がなかった。
ナユタに想いを寄せる彼女らに対し、後ろめたさがないと言えば嘘になる。
心の奥に隠している感情が滲み出そうになるくらいには。
「取りあえず、お前が卒業するまでは待ってやる」
それを誤魔化すように小さな相棒の肩を叩き、この場を去ろうと脇をすり抜けた。
「あっ、待つってどこで!?」
梯子を使わず一気に下の階へ飛び降りてしまった彼に、ナユタが慌てて声をかけた。
手すりから身を乗り出して相手を見下ろす顔は、どことなく不安そうだ。
「……次の船に乗るなら、そろそろ準備しとかねぇとな」
シグナはそんな幼い表情を仰ぎ見て、優しく目元を緩ませる。
またしばらくは、サンセリーゼの自警団に身を置くことになりそうだった。
2021.08.07畳む
認め合う心
イース7
アドルがガッシュ・ドギと共に闘技場から脱出する時の話。一応ガッシュ→アドルなつもり。
【文字数:2000】
酷く身体が重い。
かなり体力を消耗しているようだと、アドルは思った。
だが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
軋む身体へ無理矢理にでも力を込める。
「── アドル!!」
そこへ聞き慣れた相棒の声。
アドルはハッとして身構えたが、ほんの一瞬だけ遅かった。
突撃してきた魔獣の爪が腕を切り裂く。
その衝撃でふらついた彼は、思わず膝を折ってしまった。
「馬鹿野郎!」
そこへ罵声と共に黒い影が飛び込んでくる。
同時にハルバードが唸り、周囲の魔獣たちは一瞬にして崩れ落ちた。
「こんな雑魚相手に何やって……」
ガッシュは、ふらりと立ち上がったアドルに鋭い視線を向けた。
しかし、彼の顔を見た途端に声を詰まらせてしまう。
酷い顔色をしていた。
大した距離を移動したわけでもないのに、やけに息づかいが荒い。
「アドル、大丈夫か!?」
彼の様子が尋常ではないことを察したのか、少し離れた場所にいたドギが慌てて戻ってきた。
アドルはいつものようにニッコリと笑う。
だが、ドギとガッシュの目にはそれが痛々しく映った。
無理もないと思う。
拷問を受け続けた挙げ句に、闘技場での戦いだ。
そして、それからの逃亡劇。
一刻の猶予もならない状況の中、アドルは何も言わずに走り続けた。
もちろん、ドギやガッシュのスピードに遅れることなく。
「おいおい、こりゃひでーな。俺がおぶっていくか?」
ドギはアドルの顔を覗き込みながらそう言ったが、
「待てよ。それじゃ余計にあんたが遅くなるじゃねーか。これ以上遅くなるのはゴメンだぜ」
すぐにガッシュからの抗議を受けた。
「けど、このまま走らせろって言うのか?」
これには流石のドギも顔を顰めてしまう。
「しかたねーだろ」
アドルは二人の睨み合いが始まってしまいそうな雰囲気を感じ、慌てて彼らの間に割って入った。
そして、「まだ走れる」と微笑する。
「お、おい……アドル」
「いいじゃねーか、本人がそう言っているんだから」
不安げなドギとは対照的に、ガッシュはそう言い放つ。
それと同時に漆黒のハルバードを振り上げ、ある方向を指し示した。
「向こうだ。魔獣を倒そうなんて思うな、とにかく走れ。殿は俺がやる」
それを聞いたアドルは無言で頷いた。
そして、心配そうな相棒の肩をポンと叩いてから走り出す。
まだ大丈夫。まだ走れる。
そう自分に言い聞かせながらアドルは目的地まで急いだ。
魔獣との戦いの音が背後から聞こえてきても、振り返りはしない。
相棒のドギはもちろんのこと、ガッシュのことも信頼しているし、背中を預けるに値する人物だと思っている。
だから、前だけを向いて走ることになんの不安も感じなかった。
「……その、悪かったな」
隠れ里に着いた後、ガッシュがそう言った。
だが、アドルには彼が何のことを言っているのか分からなくて首を傾げる。
「だからっ、無理に走らせて悪かったって……」
二度も言うつもりはなかったのだろう。
ガッシュは、ばつが悪そうに顔をそらした。
彼の意外な言葉にアドルは目を瞬かせる。
まさか気にしてくれていたとは思わなかったのだ。
「まったくだぜ。アドルが途中でぶっ倒れるんじゃないかって、ひやひやしちまった」
すると、すかさずドギが横やりを入れてくる。
「あんたには言ってねーだろうが」
ガッシュは二人から顔を背けたまま、軽く舌打ちした。
眼下に広がる見慣れた里の風景に、内心胸をなで下ろす。
この短い期間での目まぐるしい状況の変化に、流石の彼も疲労困憊気味だ。
だが、それよりも……
(本当に走りきるとは思わなかったぜ)
走れるなら走れとあの時言ったが、アドルの体力を信じきっているわけではなかった。
もちろんガッシュは彼が倒れた時のことも考えていたし、そうなる可能性の方が高いのではないかと予想していた。
ちらりとアドルの様子を窺うと、彼の顔色は先刻よりも幾分か良くなっている。
この里の風景が珍しいのだろう、目を輝かせながらドギと会話を弾ませていた。
(ったく、大した奴だ)
ガッシュは正直舌を巻いていた。
アドルのお人好しな性格についてはともかく、彼の冒険者としての資質や剣士としての技量は素直に認めるところだった。
その思いが、自然とガッシュの頬を緩ませた。
── と、その彼の背中にアドルの声が投げ掛けられた。
「な、なんだよ?」
赤毛の青年の不意打ちに、ガッシュは慌てて表情を引き締める。
アドルはガッシュが前々から言っていた『会わせたい人物』について尋ねた。
「ああ、まぁ……直接会った方が早いと思うぜ」
それに対してのガッシュの反応は鈍い。
どうにもあの男の説明をする気にはなれないようだ。
興味津々な瞳が真っ直ぐに向けられるのも、少々居心地が悪い。
ガッシュは「黙って付いてこい」と言わんばかりに、里へ繋がる坂道を下り始めた。
アドルの体調がまだ気がかりだったが、振り返ったらあの真っ直ぐな瞳とぶつかってしまいそうな気がして前を向く。
結局彼は目的の建物を目の前にするまで、一度も振り返ることをしなかった。
2009.10.19
#イース畳む
イース7
アドルがガッシュ・ドギと共に闘技場から脱出する時の話。一応ガッシュ→アドルなつもり。
【文字数:2000】
酷く身体が重い。
かなり体力を消耗しているようだと、アドルは思った。
だが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
軋む身体へ無理矢理にでも力を込める。
「── アドル!!」
そこへ聞き慣れた相棒の声。
アドルはハッとして身構えたが、ほんの一瞬だけ遅かった。
突撃してきた魔獣の爪が腕を切り裂く。
その衝撃でふらついた彼は、思わず膝を折ってしまった。
「馬鹿野郎!」
そこへ罵声と共に黒い影が飛び込んでくる。
同時にハルバードが唸り、周囲の魔獣たちは一瞬にして崩れ落ちた。
「こんな雑魚相手に何やって……」
ガッシュは、ふらりと立ち上がったアドルに鋭い視線を向けた。
しかし、彼の顔を見た途端に声を詰まらせてしまう。
酷い顔色をしていた。
大した距離を移動したわけでもないのに、やけに息づかいが荒い。
「アドル、大丈夫か!?」
彼の様子が尋常ではないことを察したのか、少し離れた場所にいたドギが慌てて戻ってきた。
アドルはいつものようにニッコリと笑う。
だが、ドギとガッシュの目にはそれが痛々しく映った。
無理もないと思う。
拷問を受け続けた挙げ句に、闘技場での戦いだ。
そして、それからの逃亡劇。
一刻の猶予もならない状況の中、アドルは何も言わずに走り続けた。
もちろん、ドギやガッシュのスピードに遅れることなく。
「おいおい、こりゃひでーな。俺がおぶっていくか?」
ドギはアドルの顔を覗き込みながらそう言ったが、
「待てよ。それじゃ余計にあんたが遅くなるじゃねーか。これ以上遅くなるのはゴメンだぜ」
すぐにガッシュからの抗議を受けた。
「けど、このまま走らせろって言うのか?」
これには流石のドギも顔を顰めてしまう。
「しかたねーだろ」
アドルは二人の睨み合いが始まってしまいそうな雰囲気を感じ、慌てて彼らの間に割って入った。
そして、「まだ走れる」と微笑する。
「お、おい……アドル」
「いいじゃねーか、本人がそう言っているんだから」
不安げなドギとは対照的に、ガッシュはそう言い放つ。
それと同時に漆黒のハルバードを振り上げ、ある方向を指し示した。
「向こうだ。魔獣を倒そうなんて思うな、とにかく走れ。殿は俺がやる」
それを聞いたアドルは無言で頷いた。
そして、心配そうな相棒の肩をポンと叩いてから走り出す。
まだ大丈夫。まだ走れる。
そう自分に言い聞かせながらアドルは目的地まで急いだ。
魔獣との戦いの音が背後から聞こえてきても、振り返りはしない。
相棒のドギはもちろんのこと、ガッシュのことも信頼しているし、背中を預けるに値する人物だと思っている。
だから、前だけを向いて走ることになんの不安も感じなかった。
「……その、悪かったな」
隠れ里に着いた後、ガッシュがそう言った。
だが、アドルには彼が何のことを言っているのか分からなくて首を傾げる。
「だからっ、無理に走らせて悪かったって……」
二度も言うつもりはなかったのだろう。
ガッシュは、ばつが悪そうに顔をそらした。
彼の意外な言葉にアドルは目を瞬かせる。
まさか気にしてくれていたとは思わなかったのだ。
「まったくだぜ。アドルが途中でぶっ倒れるんじゃないかって、ひやひやしちまった」
すると、すかさずドギが横やりを入れてくる。
「あんたには言ってねーだろうが」
ガッシュは二人から顔を背けたまま、軽く舌打ちした。
眼下に広がる見慣れた里の風景に、内心胸をなで下ろす。
この短い期間での目まぐるしい状況の変化に、流石の彼も疲労困憊気味だ。
だが、それよりも……
(本当に走りきるとは思わなかったぜ)
走れるなら走れとあの時言ったが、アドルの体力を信じきっているわけではなかった。
もちろんガッシュは彼が倒れた時のことも考えていたし、そうなる可能性の方が高いのではないかと予想していた。
ちらりとアドルの様子を窺うと、彼の顔色は先刻よりも幾分か良くなっている。
この里の風景が珍しいのだろう、目を輝かせながらドギと会話を弾ませていた。
(ったく、大した奴だ)
ガッシュは正直舌を巻いていた。
アドルのお人好しな性格についてはともかく、彼の冒険者としての資質や剣士としての技量は素直に認めるところだった。
その思いが、自然とガッシュの頬を緩ませた。
── と、その彼の背中にアドルの声が投げ掛けられた。
「な、なんだよ?」
赤毛の青年の不意打ちに、ガッシュは慌てて表情を引き締める。
アドルはガッシュが前々から言っていた『会わせたい人物』について尋ねた。
「ああ、まぁ……直接会った方が早いと思うぜ」
それに対してのガッシュの反応は鈍い。
どうにもあの男の説明をする気にはなれないようだ。
興味津々な瞳が真っ直ぐに向けられるのも、少々居心地が悪い。
ガッシュは「黙って付いてこい」と言わんばかりに、里へ繋がる坂道を下り始めた。
アドルの体調がまだ気がかりだったが、振り返ったらあの真っ直ぐな瞳とぶつかってしまいそうな気がして前を向く。
結局彼は目的の建物を目の前にするまで、一度も振り返ることをしなかった。
2009.10.19
#イース畳む
見送り不要
イース7
ED後のアドルとガッシュの別れ際の話です。
【文字数:980】
あちらこちらで人の声がする。
それは華やかな街の賑わいではなく、復興しようとする人々の力強い息づかい。
一時は瀕死状態だったアルタゴ市街も、少しずつではあったが街らしい姿を取り戻しつつある。
そんな中、ガッシュは一人港へ向かっていた。
だが、階段を下ったところで一瞬足を止める。
「……何の用だ」
後方に感じた気配に軽く舌打ちをした。
振り向いた先には、燃えるような赤い髪。
奇妙な縁だ。
まさか、このアルタゴで再会するとは思わなかった。
まさか、共に死地を潜り抜けることになろうとは。
二人の間に少しの沈黙が流れた。
様々な雑音の中、この場所だけが切り取られてしまったかのように。
ここまで走ってきたのか、アドルの呼吸は少し乱れていた。
「俺に構ってないでさっさと行けよ」
ガッシュがそう吐き捨てると、赤毛の青年は困ったように笑った。
今の彼は武器も防具も身に付けていない。
彼と相棒のドギがアルタゴの復興に尽力していることは、もちろんガッシュも知っていた。
すると、アドルは「もうここを立つのか?」と尋ねてきた。
「ああ、これ以上あいつにこき使われるのはごめんだからな」
ガッシュの言いぐさにアドルは苦笑する。
だが、どこか寂しげな様子で黒髪の青年を見つめていた。
二人とも口達者な方ではないから、スムーズな別れのやりとりなど出来るはずもない。
「あ~、だから、さっさと行けって言ってるだろ!」
ガッシュは片手で黒髪をかきむしりながら、声を荒げた。
こんな所で悠長に相手をするつもりはなかったのに……と思う。
けれどもこのお人好しな青年のことだ、振り払おうとしても出航間際まで付いてきそうな気がする。
案の定、アドルは「見送りたい」と言ってきた。
ハッキリ言って柄じゃない。
ガッシュは脱力したくなったが、不思議なことにまったく嫌なわけではなかった。
それどころか、少し嬉しい気もしてしまう。
だがそんなことはおくびにも出さず、彼はアドルに背を向けた。
「チッ、勝手にしろ」
顰めっ面で歩き出したガッシュの後ろ姿に、アドルはパッと目を輝かせた。
そして短い別れの時間を惜しむかのように、やけに足早な彼を追いかけるのだった。
2009.10.4
#イース 畳む
イース7
ED後のアドルとガッシュの別れ際の話です。
【文字数:980】
あちらこちらで人の声がする。
それは華やかな街の賑わいではなく、復興しようとする人々の力強い息づかい。
一時は瀕死状態だったアルタゴ市街も、少しずつではあったが街らしい姿を取り戻しつつある。
そんな中、ガッシュは一人港へ向かっていた。
だが、階段を下ったところで一瞬足を止める。
「……何の用だ」
後方に感じた気配に軽く舌打ちをした。
振り向いた先には、燃えるような赤い髪。
奇妙な縁だ。
まさか、このアルタゴで再会するとは思わなかった。
まさか、共に死地を潜り抜けることになろうとは。
二人の間に少しの沈黙が流れた。
様々な雑音の中、この場所だけが切り取られてしまったかのように。
ここまで走ってきたのか、アドルの呼吸は少し乱れていた。
「俺に構ってないでさっさと行けよ」
ガッシュがそう吐き捨てると、赤毛の青年は困ったように笑った。
今の彼は武器も防具も身に付けていない。
彼と相棒のドギがアルタゴの復興に尽力していることは、もちろんガッシュも知っていた。
すると、アドルは「もうここを立つのか?」と尋ねてきた。
「ああ、これ以上あいつにこき使われるのはごめんだからな」
ガッシュの言いぐさにアドルは苦笑する。
だが、どこか寂しげな様子で黒髪の青年を見つめていた。
二人とも口達者な方ではないから、スムーズな別れのやりとりなど出来るはずもない。
「あ~、だから、さっさと行けって言ってるだろ!」
ガッシュは片手で黒髪をかきむしりながら、声を荒げた。
こんな所で悠長に相手をするつもりはなかったのに……と思う。
けれどもこのお人好しな青年のことだ、振り払おうとしても出航間際まで付いてきそうな気がする。
案の定、アドルは「見送りたい」と言ってきた。
ハッキリ言って柄じゃない。
ガッシュは脱力したくなったが、不思議なことにまったく嫌なわけではなかった。
それどころか、少し嬉しい気もしてしまう。
だがそんなことはおくびにも出さず、彼はアドルに背を向けた。
「チッ、勝手にしろ」
顰めっ面で歩き出したガッシュの後ろ姿に、アドルはパッと目を輝かせた。
そして短い別れの時間を惜しむかのように、やけに足早な彼を追いかけるのだった。
2009.10.4
#イース 畳む
イースⅨ
リクエスト(アドルと赤の王の話)の作品です。
アドルが二人で冒険する夢を見て嬉しそうにしている話です。
【文字数:3000】
瑞々しい草木が生い茂る森の中、ふと足を止めて空を仰ぎ見る。
枝葉の隙間から覗く爽やかな蒼天は快晴の様相をしていた。
「ここを抜ければ視界が開けそうだ」
アドルは地図を広げながら薄く滲んだ額の汗を拭った。
しかし、立ち止まったのは一時だけですぐに動き出す。
すでに数時間は歩いているが疲労の色は見えなかった。
まだ見ぬ景色を想像するだけで、自然と心が踊り身も軽くなる。
利便性を求めて描かれた紙上の世界を眺めるだけでは、彼の好奇心と探究心は満たされない。
まだ道のない大地に足跡を残していくことの、なんと楽しいことか。
「──あっ」
しばらくすると、予想通りに前方が淡く白んできた。
小走りで森を抜けきり、途端に眩しい陽光の出迎えを受けて目を細める。
「やっぱり!ここなら、この辺り一帯を見渡せそうだ」
森の出口を境にして風景がガラリと変わった。
ゴツゴツとした岩肌が露出し始め、植物は草木がその隙間から生えている程度だ。
足元は緩やかな傾斜を含んだ上り坂で、全体像で言えば小高い岩場のような場所だった。
アドルは嬉々としながら歩む。
道中、遠慮がちに顔を覗かせている小花たちを目にしては、自然と口元が綻んだ。
だが、そんな矢先。明るかった表情が一変した。
「これは……」
数歩先の地面に大きな亀裂が走っている。
慎重に近づいて裂け目の状態を確認した後、彼は落胆の息を吐いた。
深さはそれ程でもないのだが、なにぶん幅がある。
例え全力で助走したとしても、飛び越えることは不可能だろう。
周囲を見渡してみたが迂回できるルートはなく、完全に手詰まり状態だった。
「はぁー、あともう少し登れば辿り着けそうなんだけど」
二度目の吐息は、残念がりつつもどこか苦笑交じりだった。
未知の領域を探索していれば、こんなことは珍しくもない。
アドルの冒険家魂は人並み外れているが、だからといって無謀な命知らずではなかった。
もう一度辺りを見回してから考え込む。
「ここを越える方法は……なさそうか」
現状ではどう頑張っても妙案が思い浮かばない。
前進する手段がなければ諦めるほかはなく、彼は名残惜しそうに道の先を見つめて踵を返そうとした。
と、その時。
「手段ならあるじゃないか」
不意にどこか馴染みのある声が聞こえてきた。
勢いよく振り返ると、十歩ほどの距離を隔てた所に一人の青年が佇んでいた。
やや陰のある衣服と鮮やかな赤い髪。片手を腰に当てた立ち姿は、穏やかな表情で相手を覗っている。
「君は……」
アドルは目を丸くした。
ここにあるのは大自然の営みだけで、今の今まで人の気配は全く感じなかった。
あまりに唐突な登場の仕方に数秒ほど声を失ってしまう。
けれど、唖然とした理由はそれだけだった。
「あまり驚かないんだね」
青年が意外そうに小首を傾げると、
「いや、さすがに驚いたよ。誰もいないと思っていたし」
アドルは可笑しげに肩を揺すった。
「でも、君は僕だからね。赤の王」
不可解な状況のはずだが、『なぜ?』よりも『嬉しい』が先に立つ。
自らの姿と対峙した瞬間、アドルの頭の中では全てが繋がった。
この難所を超える手段は彼が持っている。
だから二人で共に行けばいい。
前進できると分かったことで、心には再び明るい灯が宿った。
この道を登り切った先に広がるであろう、初めての眺めを想像するだけで居ても立ってもいられない。
今にも走り出しそうに煌めいた瞳が、真っ直ぐに赤の王へ向けられた。
彼はまるで鏡映しのごとくに同じ感情を浮かべていて、それが何とも言えずに胸をくすぐる。
──さぁ、行こう!
アドルは出立の合図とばかりに、片方の腕を彼へと伸ばした。
まさしく以心伝心。タイミングを計る必要はなかった。
赤の王の脚が力強く地面を蹴る。
瞬く間に至近距離まで来た彼は、アドルの腕を掴んで身体ごと引き寄せた。そのまますぐに跳躍の体勢に入る。
「飛ぶぞ!」
「ああ!」
岩場の一体に凜とした声が響き合う。
刹那、黒い影が一閃。
正面にそびえる岩壁へ突き刺さった。
それが支点となり、瞬速で大きく口を開けた亀裂の上を飛び越える。
晴れ渡った空の下、鋭利な影はどこまでも楽しげな赤と漆黒を纏わせていた。
記憶はそこまでだった。
目を覚ましたアドルは、天井を見つめたまま残念そうに呻いた。
「なんだ……夢か」
せっかくの盛り上がりだったのに、もう終わりだなんて白状にも程がある。
身体的な寝覚めは悪くないのだが、気持ちの面では少しばかり消化不良気味だ。
彼はベッドから起き上がり、身仕度を整えながら今の夢を反芻してみた。
「どうせなら、一緒に上まで行きたかったな」
二人で見る岩場の頂からの風景は、きっと素晴らしいものに違いない。
それを堪能しながら会話をすれば、きっと際限なく弾んで広がっていくことだろう。
「本当に二人で冒険できたら、どんなに楽しいんだろう?」
アドルは胸元に手を当ててゆっくりと目を閉じた。
赤の王は確かに『ここ』にいる。
彼が歩んだバルドゥークでの冒険の軌跡は、五感や感情の全てを内包して共に存在している。
「……君もそう思うだろ?」
問いかけの形をした確信を言葉にすると、思わず笑みが溢れてくる。
そんな中、不意に寝室のドアを叩く音が聞こえてきた。
「おい、アドル!起きてるかー?」
長年の相棒であるドギの声だ。
「あぁっ、ごめん。すぐ行くよ」
内なる世界に没頭していたアドルは、ハッと我に返ってドアを開けた。
「ははっ、寝坊でもしたか?珍しいな」
大きな体躯を見上げると、戯けた表情が覗き込んでくる。
「まぁ、そんな所かな。ちょっとね、わくわくする夢を見たんだ」
アドルは明るい口調で応答をしながら寝室を出た。
ドギは厨房で使用する食材を運んでいる途中だったらしく、小脇には新鮮な野菜が入った大きな籠を抱えている。
立ち止まっていた彼が歩き出したので、アドルも横に並んで動き出す。心なしか足元が浮かれ調子になっていた。
そんな様子を見たドギは、さり気なく話題を振った。
「お前さんがそんな風に言う時はよ、おおかた冒険絡みだろ?」
きっと夢の中身を話したいのだろうと思ったのだ。
「さすがはドギ!そうなんだよ、赤の王と二人で難所を越たんだ!」
すると、アドルはまるで子供のように瞳を輝かせて食い付いてきた。
「ん?お前さんが二人ってことか。そりゃ、また……」
実際の所、バルドゥークに来てからはアドルが二人いた訳だが、彼らが連れ立って探索をすることなどなかったはずだ。
ドギはわずかに天を仰ぎながら、ぼそりと呟いた。
「そいつは、骨が折れそうだなぁ」
彼らと共に冒険をする自分を思い浮かべた途端、自然と苦笑いの顔になってしまう。
賑やかで楽しそうではあるが、色々と大変そうな気がする。上手く言葉にはできないが、それはもう色々と。
「今、何か言ったか?」
それは本当に小さな吐息のようで、肩を並べるくらいの距離でも聞き取れないものだった。
「いや、何でもねぇよ」
覗うような眼差しを受けたドギは、自分よりも低い位置にある赤い頭を大雑把にかき混ぜる。
軽く誤魔化してしまう形になったが、ご機嫌な相手に対してわざわざ水をかける必要はないだろう。
「楽しい夢が見られて良かったな」
ドギは白い歯を見せながら軽快に笑う。
「あぁ!でも、良いところで目が覚めてしまってさ。続きが見られたら嬉しいんだけどね」
すると、アドルは小気味良く応じた直後に少しだけ不満を露わにした。
もう一人の自分と一緒に冒険をしてみたい。
彼と融合してからは心の片隅にそんな思いが住み着いていた。
そんな現実では為し得ない願望があったからこそ、赤の王は夢となって現れ出たのかもしれない。
いつかあの冒険の続きを。
アドルはそう願わずにはいられなかった。
2025.08.31
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