ファルコム(その他) 2025/08/31 Sun 君と冒険してみたい イースⅨ リクエスト(アドルと赤の王の話)の作品です。 アドルが二人で冒険する夢を見て嬉しそうにしている話です。 【文字数:3000】 本文を読む 瑞々しい草木が生い茂る森の中、ふと足を止めて空を仰ぎ見る。 枝葉の隙間から覗く爽やかな蒼天は快晴の様相をしていた。 「ここを抜ければ視界が開けそうだ」 アドルは地図を広げながら薄く滲んだ額の汗を拭った。 しかし、立ち止まったのは一時だけですぐに動き出す。 すでに数時間は歩いているが疲労の色は見えなかった。 まだ見ぬ景色を想像するだけで、自然と心が踊り身も軽くなる。 利便性を求めて描かれた紙上の世界を眺めるだけでは、彼の好奇心と探究心は満たされない。 まだ道のない大地に足跡を残していくことの、なんと楽しいことか。 「──あっ」 しばらくすると、予想通りに前方が淡く白んできた。 小走りで森を抜けきり、途端に眩しい陽光の出迎えを受けて目を細める。 「やっぱり!ここなら、この辺り一帯を見渡せそうだ」 森の出口を境にして風景がガラリと変わった。 ゴツゴツとした岩肌が露出し始め、植物は草木がその隙間から生えている程度だ。 足元は緩やかな傾斜を含んだ上り坂で、全体像で言えば小高い岩場のような場所だった。 アドルは嬉々としながら歩む。 道中、遠慮がちに顔を覗かせている小花たちを目にしては、自然と口元が綻んだ。 だが、そんな矢先。明るかった表情が一変した。 「これは……」 数歩先の地面に大きな亀裂が走っている。 慎重に近づいて裂け目の状態を確認した後、彼は落胆の息を吐いた。 深さはそれ程でもないのだが、なにぶん幅がある。 例え全力で助走したとしても、飛び越えることは不可能だろう。 周囲を見渡してみたが迂回できるルートはなく、完全に手詰まり状態だった。 「はぁー、あともう少し登れば辿り着けそうなんだけど」 二度目の吐息は、残念がりつつもどこか苦笑交じりだった。 未知の領域を探索していれば、こんなことは珍しくもない。 アドルの冒険家魂は人並み外れているが、だからといって無謀な命知らずではなかった。 もう一度辺りを見回してから考え込む。 「ここを越える方法は……なさそうか」 現状ではどう頑張っても妙案が思い浮かばない。 前進する手段がなければ諦めるほかはなく、彼は名残惜しそうに道の先を見つめて踵を返そうとした。 と、その時。 「手段ならあるじゃないか」 不意にどこか馴染みのある声が聞こえてきた。 勢いよく振り返ると、十歩ほどの距離を隔てた所に一人の青年が佇んでいた。 やや陰のある衣服と鮮やかな赤い髪。片手を腰に当てた立ち姿は、穏やかな表情で相手を覗っている。 「君は……」 アドルは目を丸くした。 ここにあるのは大自然の営みだけで、今の今まで人の気配は全く感じなかった。 あまりに唐突な登場の仕方に数秒ほど声を失ってしまう。 けれど、唖然とした理由はそれだけだった。 「あまり驚かないんだね」 青年が意外そうに小首を傾げると、 「いや、さすがに驚いたよ。誰もいないと思っていたし」 アドルは可笑しげに肩を揺すった。 「でも、君は僕だからね。赤の王」 不可解な状況のはずだが、『なぜ?』よりも『嬉しい』が先に立つ。 自らの姿と対峙した瞬間、アドルの頭の中では全てが繋がった。 この難所を超える手段は彼が持っている。 だから二人で共に行けばいい。 前進できると分かったことで、心には再び明るい灯が宿った。 この道を登り切った先に広がるであろう、初めての眺めを想像するだけで居ても立ってもいられない。 今にも走り出しそうに煌めいた瞳が、真っ直ぐに赤の王へ向けられた。 彼はまるで鏡映しのごとくに同じ感情を浮かべていて、それが何とも言えずに胸をくすぐる。 ──さぁ、行こう! アドルは出立の合図とばかりに、片方の腕を彼へと伸ばした。 まさしく以心伝心。タイミングを計る必要はなかった。 赤の王の脚が力強く地面を蹴る。 瞬く間に至近距離まで来た彼は、アドルの腕を掴んで身体ごと引き寄せた。そのまますぐに跳躍の体勢に入る。 「飛ぶぞ!」 「ああ!」 岩場の一体に凜とした声が響き合う。 刹那、黒い影が一閃。 正面にそびえる岩壁へ突き刺さった。 それが支点となり、瞬速で大きく口を開けた亀裂の上を飛び越える。 晴れ渡った空の下、鋭利な影はどこまでも楽しげな赤と漆黒を纏わせていた。 記憶はそこまでだった。 目を覚ましたアドルは、天井を見つめたまま残念そうに呻いた。 「なんだ……夢か」 せっかくの盛り上がりだったのに、もう終わりだなんて白状にも程がある。 身体的な寝覚めは悪くないのだが、気持ちの面では少しばかり消化不良気味だ。 彼はベッドから起き上がり、身仕度を整えながら今の夢を反芻してみた。 「どうせなら、一緒に上まで行きたかったな」 二人で見る岩場の頂からの風景は、きっと素晴らしいものに違いない。 それを堪能しながら会話をすれば、きっと際限なく弾んで広がっていくことだろう。 「本当に二人で冒険できたら、どんなに楽しいんだろう?」 アドルは胸元に手を当ててゆっくりと目を閉じた。 赤の王は確かに『ここ』にいる。 彼が歩んだバルドゥークでの冒険の軌跡は、五感や感情の全てを内包して共に存在している。 「……君もそう思うだろ?」 問いかけの形をした確信を言葉にすると、思わず笑みが溢れてくる。 そんな中、不意に寝室のドアを叩く音が聞こえてきた。 「おい、アドル!起きてるかー?」 長年の相棒であるドギの声だ。 「あぁっ、ごめん。すぐ行くよ」 内なる世界に没頭していたアドルは、ハッと我に返ってドアを開けた。 「ははっ、寝坊でもしたか?珍しいな」 大きな体躯を見上げると、戯けた表情が覗き込んでくる。 「まぁ、そんな所かな。ちょっとね、わくわくする夢を見たんだ」 アドルは明るい口調で応答をしながら寝室を出た。 ドギは厨房で使用する食材を運んでいる途中だったらしく、小脇には新鮮な野菜が入った大きな籠を抱えている。 立ち止まっていた彼が歩き出したので、アドルも横に並んで動き出す。心なしか足元が浮かれ調子になっていた。 そんな様子を見たドギは、さり気なく話題を振った。 「お前さんがそんな風に言う時はよ、おおかた冒険絡みだろ?」 きっと夢の中身を話したいのだろうと思ったのだ。 「さすがはドギ!そうなんだよ、赤の王と二人で難所を越たんだ!」 すると、アドルはまるで子供のように瞳を輝かせて食い付いてきた。 「ん?お前さんが二人ってことか。そりゃ、また……」 実際の所、バルドゥークに来てからはアドルが二人いた訳だが、彼らが連れ立って探索をすることなどなかったはずだ。 ドギはわずかに天を仰ぎながら、ぼそりと呟いた。 「そいつは、骨が折れそうだなぁ」 彼らと共に冒険をする自分を思い浮かべた途端、自然と苦笑いの顔になってしまう。 賑やかで楽しそうではあるが、色々と大変そうな気がする。上手く言葉にはできないが、それはもう色々と。 「今、何か言ったか?」 それは本当に小さな吐息のようで、肩を並べるくらいの距離でも聞き取れないものだった。 「いや、何でもねぇよ」 覗うような眼差しを受けたドギは、自分よりも低い位置にある赤い頭を大雑把にかき混ぜる。 軽く誤魔化してしまう形になったが、ご機嫌な相手に対してわざわざ水をかける必要はないだろう。 「楽しい夢が見られて良かったな」 ドギは白い歯を見せながら軽快に笑う。 「あぁ!でも、良いところで目が覚めてしまってさ。続きが見られたら嬉しいんだけどね」 すると、アドルは小気味良く応じた直後に少しだけ不満を露わにした。 もう一人の自分と一緒に冒険をしてみたい。 彼と融合してからは心の片隅にそんな思いが住み着いていた。 そんな現実では為し得ない願望があったからこそ、赤の王は夢となって現れ出たのかもしれない。 いつかあの冒険の続きを。 アドルはそう願わずにはいられなかった。 2025.08.31 #イース畳む
イースⅨ
リクエスト(アドルと赤の王の話)の作品です。
アドルが二人で冒険する夢を見て嬉しそうにしている話です。
【文字数:3000】
瑞々しい草木が生い茂る森の中、ふと足を止めて空を仰ぎ見る。
枝葉の隙間から覗く爽やかな蒼天は快晴の様相をしていた。
「ここを抜ければ視界が開けそうだ」
アドルは地図を広げながら薄く滲んだ額の汗を拭った。
しかし、立ち止まったのは一時だけですぐに動き出す。
すでに数時間は歩いているが疲労の色は見えなかった。
まだ見ぬ景色を想像するだけで、自然と心が踊り身も軽くなる。
利便性を求めて描かれた紙上の世界を眺めるだけでは、彼の好奇心と探究心は満たされない。
まだ道のない大地に足跡を残していくことの、なんと楽しいことか。
「──あっ」
しばらくすると、予想通りに前方が淡く白んできた。
小走りで森を抜けきり、途端に眩しい陽光の出迎えを受けて目を細める。
「やっぱり!ここなら、この辺り一帯を見渡せそうだ」
森の出口を境にして風景がガラリと変わった。
ゴツゴツとした岩肌が露出し始め、植物は草木がその隙間から生えている程度だ。
足元は緩やかな傾斜を含んだ上り坂で、全体像で言えば小高い岩場のような場所だった。
アドルは嬉々としながら歩む。
道中、遠慮がちに顔を覗かせている小花たちを目にしては、自然と口元が綻んだ。
だが、そんな矢先。明るかった表情が一変した。
「これは……」
数歩先の地面に大きな亀裂が走っている。
慎重に近づいて裂け目の状態を確認した後、彼は落胆の息を吐いた。
深さはそれ程でもないのだが、なにぶん幅がある。
例え全力で助走したとしても、飛び越えることは不可能だろう。
周囲を見渡してみたが迂回できるルートはなく、完全に手詰まり状態だった。
「はぁー、あともう少し登れば辿り着けそうなんだけど」
二度目の吐息は、残念がりつつもどこか苦笑交じりだった。
未知の領域を探索していれば、こんなことは珍しくもない。
アドルの冒険家魂は人並み外れているが、だからといって無謀な命知らずではなかった。
もう一度辺りを見回してから考え込む。
「ここを越える方法は……なさそうか」
現状ではどう頑張っても妙案が思い浮かばない。
前進する手段がなければ諦めるほかはなく、彼は名残惜しそうに道の先を見つめて踵を返そうとした。
と、その時。
「手段ならあるじゃないか」
不意にどこか馴染みのある声が聞こえてきた。
勢いよく振り返ると、十歩ほどの距離を隔てた所に一人の青年が佇んでいた。
やや陰のある衣服と鮮やかな赤い髪。片手を腰に当てた立ち姿は、穏やかな表情で相手を覗っている。
「君は……」
アドルは目を丸くした。
ここにあるのは大自然の営みだけで、今の今まで人の気配は全く感じなかった。
あまりに唐突な登場の仕方に数秒ほど声を失ってしまう。
けれど、唖然とした理由はそれだけだった。
「あまり驚かないんだね」
青年が意外そうに小首を傾げると、
「いや、さすがに驚いたよ。誰もいないと思っていたし」
アドルは可笑しげに肩を揺すった。
「でも、君は僕だからね。赤の王」
不可解な状況のはずだが、『なぜ?』よりも『嬉しい』が先に立つ。
自らの姿と対峙した瞬間、アドルの頭の中では全てが繋がった。
この難所を超える手段は彼が持っている。
だから二人で共に行けばいい。
前進できると分かったことで、心には再び明るい灯が宿った。
この道を登り切った先に広がるであろう、初めての眺めを想像するだけで居ても立ってもいられない。
今にも走り出しそうに煌めいた瞳が、真っ直ぐに赤の王へ向けられた。
彼はまるで鏡映しのごとくに同じ感情を浮かべていて、それが何とも言えずに胸をくすぐる。
──さぁ、行こう!
アドルは出立の合図とばかりに、片方の腕を彼へと伸ばした。
まさしく以心伝心。タイミングを計る必要はなかった。
赤の王の脚が力強く地面を蹴る。
瞬く間に至近距離まで来た彼は、アドルの腕を掴んで身体ごと引き寄せた。そのまますぐに跳躍の体勢に入る。
「飛ぶぞ!」
「ああ!」
岩場の一体に凜とした声が響き合う。
刹那、黒い影が一閃。
正面にそびえる岩壁へ突き刺さった。
それが支点となり、瞬速で大きく口を開けた亀裂の上を飛び越える。
晴れ渡った空の下、鋭利な影はどこまでも楽しげな赤と漆黒を纏わせていた。
記憶はそこまでだった。
目を覚ましたアドルは、天井を見つめたまま残念そうに呻いた。
「なんだ……夢か」
せっかくの盛り上がりだったのに、もう終わりだなんて白状にも程がある。
身体的な寝覚めは悪くないのだが、気持ちの面では少しばかり消化不良気味だ。
彼はベッドから起き上がり、身仕度を整えながら今の夢を反芻してみた。
「どうせなら、一緒に上まで行きたかったな」
二人で見る岩場の頂からの風景は、きっと素晴らしいものに違いない。
それを堪能しながら会話をすれば、きっと際限なく弾んで広がっていくことだろう。
「本当に二人で冒険できたら、どんなに楽しいんだろう?」
アドルは胸元に手を当ててゆっくりと目を閉じた。
赤の王は確かに『ここ』にいる。
彼が歩んだバルドゥークでの冒険の軌跡は、五感や感情の全てを内包して共に存在している。
「……君もそう思うだろ?」
問いかけの形をした確信を言葉にすると、思わず笑みが溢れてくる。
そんな中、不意に寝室のドアを叩く音が聞こえてきた。
「おい、アドル!起きてるかー?」
長年の相棒であるドギの声だ。
「あぁっ、ごめん。すぐ行くよ」
内なる世界に没頭していたアドルは、ハッと我に返ってドアを開けた。
「ははっ、寝坊でもしたか?珍しいな」
大きな体躯を見上げると、戯けた表情が覗き込んでくる。
「まぁ、そんな所かな。ちょっとね、わくわくする夢を見たんだ」
アドルは明るい口調で応答をしながら寝室を出た。
ドギは厨房で使用する食材を運んでいる途中だったらしく、小脇には新鮮な野菜が入った大きな籠を抱えている。
立ち止まっていた彼が歩き出したので、アドルも横に並んで動き出す。心なしか足元が浮かれ調子になっていた。
そんな様子を見たドギは、さり気なく話題を振った。
「お前さんがそんな風に言う時はよ、おおかた冒険絡みだろ?」
きっと夢の中身を話したいのだろうと思ったのだ。
「さすがはドギ!そうなんだよ、赤の王と二人で難所を越たんだ!」
すると、アドルはまるで子供のように瞳を輝かせて食い付いてきた。
「ん?お前さんが二人ってことか。そりゃ、また……」
実際の所、バルドゥークに来てからはアドルが二人いた訳だが、彼らが連れ立って探索をすることなどなかったはずだ。
ドギはわずかに天を仰ぎながら、ぼそりと呟いた。
「そいつは、骨が折れそうだなぁ」
彼らと共に冒険をする自分を思い浮かべた途端、自然と苦笑いの顔になってしまう。
賑やかで楽しそうではあるが、色々と大変そうな気がする。上手く言葉にはできないが、それはもう色々と。
「今、何か言ったか?」
それは本当に小さな吐息のようで、肩を並べるくらいの距離でも聞き取れないものだった。
「いや、何でもねぇよ」
覗うような眼差しを受けたドギは、自分よりも低い位置にある赤い頭を大雑把にかき混ぜる。
軽く誤魔化してしまう形になったが、ご機嫌な相手に対してわざわざ水をかける必要はないだろう。
「楽しい夢が見られて良かったな」
ドギは白い歯を見せながら軽快に笑う。
「あぁ!でも、良いところで目が覚めてしまってさ。続きが見られたら嬉しいんだけどね」
すると、アドルは小気味良く応じた直後に少しだけ不満を露わにした。
もう一人の自分と一緒に冒険をしてみたい。
彼と融合してからは心の片隅にそんな思いが住み着いていた。
そんな現実では為し得ない願望があったからこそ、赤の王は夢となって現れ出たのかもしれない。
いつかあの冒険の続きを。
アドルはそう願わずにはいられなかった。
2025.08.31
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