どちらがお好みですか?

1.石切丸二人

 頼まれていた買い物を済ませ、店を出る。
「あれ?」
外で待っているはずの石切丸の姿が見えず、御手杵は周囲に視線を走らせた。
主からの使いでやって来たこの店は建屋が狭く、大柄な二人が足を踏み入れただけで窮屈になってしまうくらいだった。
そこで気を利かせた石切丸は、外で待っていると言ったのだが。
「はぁ~、うろちょろするなって言ったのに」
御手杵は苦笑いをしながら頭を掻いた。

 御手杵が店内にいた時間はそれ程長くなかった。
そんなに遠くへは行っていないだろうと、彼は急ぐわけでもなくのんびりと万屋街を歩く。
「あ、いたいた」
そうして、探し人はすぐに見つかった。
「……ん?」
だが、そこには若草色の大太刀が二人。
甘味処の前で楽しげに話をしている。
(あー、別のとこの石切丸か)
御手杵はすぐに声をかけず、二人を眺めやった。
(それにしても……)
区別がつかないわけではない。
自分と同じ本丸の同僚たちはすぐに分かる。
 各本丸の主たちの霊力はそれぞれ微妙に波長が異なっていて、その力を受けている男士たちにも影響している。
だから、見た目が同じでもそれを感じ取れるのだ。
(やっぱ違うんだよなぁ)
二人の石切丸は落ち着いた雰囲気こそ似通っているが、片方は人懐っこい微笑を浮かべ、片方は相手を慈しむような静かな笑みを浮かべていた。

「──おや?」
「あっ、御手杵さん」

 二人は立ち尽くしている槍の青年に気付き、同時にそちらを向いた。
「『あっ』じゃないって。店の前で待ってるって言ったの忘れたのか?」
「ごめんよ。ここの甘味処は前から気になっていたんだ。そうしたら彼が店から出できたものだから……」
呆れた様子の御手杵を前に、石切丸はしょんぼりとしてしまう。
「ふふっ、情報交換と言ったところかな。どこの私も甘味は好きなようだからね」
片やもう一人の石切丸は、穏やかに微笑んでいる。
その菫色の瞳は確かに優しかったが、あまり表情が読み取れなかった。
「……へぇ」
御手杵はわずかに目を眇める。
確かに姿形は瓜二つだが、内面は随分と違うようだ。
つい違和感を覚えてしまった。

「──さて、私はそろそろお暇しようかな」
「もう行ってしまうのかい?もう少し話をしたかったな」
「君たち仲が良さそうだからね。長居をしたら睨まれてしまいそうだよ」

 別本丸の石切丸は御手杵を一瞥し、ゆったりとした足取りでその場を去っていた。
御手杵はその後ろ姿をじっと見つめる。
(なんか腹の底が読めないって感じだなぁ)
彼は若草色の装束が道の角を曲がり、姿が見えなくなってもその方向に目を向けたままだった。
「……御手杵さん」
すると、石切丸が遠慮がちに御手杵の袖口を引っ張った。
「ん?あぁ、悪い。ぼーっとしてた」
「君、見惚れてた?その……ああいった『私』の方が好きなのかい?」
向き直った途端、拗ねたような顔と対面する。
「違うって。なんだよ、あんた『自分』に焼き餅焼いているのかぁ?」
「そ、そんなことはないよ!」
御手杵がからかう素振りを見せると、図星だったのか石切丸は顔を赤くした。
普段は落ち着いた年長者の顔をしている石切丸だが、御手杵には甘えているのかコロコロと表情が変化する。
「ほら、そろそろ帰ろう?」
話題を逸らしたいのか、彼は踵を返して歩き出してしまった。
「はい、はい」
一人で歩かせるとろくなことがない。
御手杵はその背中を捕まえようと追いかけ、強引にその肩を抱く。
「あんたの方が可愛いから、全然気にしなくていいぞ」
そうして、驚いた石切丸の頬に掠めるような口づけをした。

 

2.御手杵二人

 石切丸は店先の軒下で、行き交う人々を眺めやっていた。
ここは先日、御手杵と共に訪れた店だ。
再び主からの買い物を頼まれ、二人でやって来た。
「今度はじっとしてろよ?絶対動くなよ?大人しく待ってろよ?」
狭い店内に入る前、御手杵からはしつこいくらいに念を押されてしまった。
「あれは私が悪かったとは思うけど……はぁ」
石切丸は少し気落ちして項垂れる。
だったら自分の方が店に入ると提案したが、「それは心配だから」と取り合ってもらえなかった。
「そんなに頼りないかな?私は。御手杵さんってわりと過保護な気がする」
彼は一人でぶつくさと言葉を連ねる。
すると、

「ん?今、呼んだ?」

 通りがかりの青年が石切丸の前で立ち止まった。
「……え?お、御手杵さん?」
目の前に現れた長身の青年は、確かに見慣れた風貌だ。
「あれ?」
石切丸は驚愕して思わず店の入り口を見たが、彼が出てきた形跡はない。
(あ、あぁ。そうか、別本丸の)
もう一度青年に目をやり、そこで納得した。
身に纏っている空気は同僚の類いではない。
「大丈夫かぁ?どっか調子悪い?」
御手杵は黙ってしまった石切丸を心配げに覗き込む。
「だ、大丈夫だよ。待っている連れが『君』だから驚いてしまって」
前髪が触れそうな至近距離に胸が騒がしくなる。
違う彼だと分かっているのに、錯覚してしまいそうだ。
「君?あぁ」
御手杵は石切丸の言いたことをすぐに察し、店の入り口に視線を寄せた。
それから少し距離を取って大太刀の青年をまじまじと見つめる。
「すまなかったね。呼び止めてしまったような形になって」
石切丸はなんとか取り繕って笑顔を浮かべたが、
「いや、別にいいんだけどさ……あんた、ちょっと顔赤いぞ?」
御手杵の方は、苦笑しながら意地悪げな応答をしてきた。
「──え?」
その自覚はなかったのか、石切丸は目を瞬かせる。
 そんな中、店先の暖簾が開く音がした。
「お~い。待たせたな、石切……」
買い物を終えて店を出た御手杵は、その光景を見て一瞬固まってしまった。
心なしか赤面している石切丸の傍らにいるのは、紛れもなく自分だ。
(あいつ、なにやってんだよ)
どこからどう見ても言い寄っているようにしか思えず、御手杵の目つきが険しくなった。
「おい、こいつになんか用か?」
背後から石切丸に片腕を回し、身体を引き寄せながら相手を睨む。
「あー、そんな怖い顔すんなって。同じ俺だろ?」
その剣呑な瞳に臆することもなく、もう一人の御手杵は緩く笑った。
「落ち着いて。私が声をかけたような感じになってしまっただけだよ」
石切丸は身をよじり慌てて口を開く。
「はぁ?あんたが声かけたのか?大人しくしてろって言っただろ」
「いや、故意ではないんだよ。聞こえてしまったというか」
弁解しようとしても、どうにも上手く説明ができない。
(ど、どうしよう)
石切丸は困り果ててしまった。

「──あ!」

 そんな二人のやり取りと、表情の変化が忙しない石切丸を見ていた御手杵は、ふと声を上げた。
「あんたらさ、最近うちの石切丸と会わなかったか?甘味処の前とかで」
唐突な問いかけに、二人は揃って怪訝な顔をする。
「甘味処?あー、そう言えば」
「確かに先日、私に会ったけれど……ひょっとして君と同じ本丸の?」
思い出しながら答えると、御手杵はパッと目を輝かせた。
「やっぱり。『この間、可愛い私と過保護そうな君に会った』って、あいつが楽しそうに言ってたからさぁ」
そして、その時のことを浮かれ気味に話し始めた。
(おい、俺って過保護か?)
(か、可愛いって……)
二人は密着したままそれを聞いていたが、戸惑いを隠せない。
「それにしても、色んな俺たちがいるもんだなぁ」
ひとしきり喋った後、御手杵は感慨深げに二人を見やった。
「あの、君はそちらの私と良く話をするんだね。懇意にしているのかい?」
石切丸が何気なく尋ねると御手杵は一瞬瞠目したが、すぐに明瞭な答えが返ってきた。
「そりゃぁ、恋人だからな」
照れる風でもなく堂々と言ってのける。
(……こいつ)
片割れが不在な相手に当てつけられているような気がして、御手杵は無意識に石切丸を抱き寄せている腕に力を込めた。
「あんたらだってそうじゃないのか?」
「そんなの聞かなくても分かるだろ。どっから見ても相思相愛だし、俺はめちゃくちゃ大事にしてるぞ」
二人の同じ色をした視線が交差した。
どこか通ずるものがあるのか、彼らは静かに口角を吊り上げる。

「さて……と。俺もあいつの顔見たくなってきたから、そろそろ帰ろうかな」

しばらく互いを見つめ合った後、別本丸の御手杵は踵を返して歩き出そうとする。
「それじゃぁな~。仲良くしろよぉ」
「はいはい、あんたらもな」
片手をひらひらとさせながら去って行く背中に、石切丸を捉えたままの御手杵はそう応じた。

 

3.可愛い石切丸と御手杵

 腕の中に捕らわれている間、心臓に悪い言葉ばかりが飛び交っていたように思う。
密着したままの背後から聞こえた声と息づかいが、羞恥を掻き立てた。
今は指摘されるよりも先に自覚している。
ちょっとどころではなく、沸騰しそうなくらいの赤面状態だ。
頭がクラクラとして血流の音が耳に響く。
「御手杵さん、そろそろ離してほしいのだけど」
「あ、悪い。苦しかったか?」
石切丸がなんとか口を開くと、御手杵は慌てて腕を解いてくれた。
「そうではなくて……色々と限……界」
支えがなくなった瞬間、石切丸は意識を手放してしまった。

 うっすらと目を開けると、心配げな顔が覗き込んできた。
「気分はどうだ?」
「私は……あぁ、そうか」
布団に寝かせられていた石切丸は、ゆっくりと上半身を起こした。
辺りを見回し、すぐに今の状況を理解する。
「ごめんよ。本丸まで運んでくれたんだね」
「気にすんなって。あんた軽いし。それより……」
傍らに座っている御手杵は、石切丸の顔に片手を伸ばした。
「まだ少し赤いな。水、飲むか?」
触れた頬には熱が残り、わずかに眉を顰める。
「大丈夫だよ。だいぶ落ち着いたから」
「ほんとか?それにしても、顔真っ赤にしてぶっ倒れたから驚いたぞ」
御手杵はその時のことを思い出して大きく息を吐いた。
そんな態度を前に、石切丸はつい言い返したくなってしまう。
「だ、だって君が恥ずかしいことばかり言うから」
「え?もしかして、俺のせい?」
「あんなに彼と張り合わなくてもよかったのに」
石切丸はそこまで言うと、掛け布団を胸元まで手繰り寄せて顔を埋めてしまった。
(あー、そういうことかぁ)
御手杵は思わず天井を仰ぎ見た。
これは言い訳の余地もない。
石切丸がのぼせて倒れたのは、完全に彼のせいだった。
「ごめん。あんたがああいうの苦手だって知ってるのにな」
御手杵は困り顔で石切丸に謝った。
「でも、あれ本心だし、ほんとに大事に思ってるし……」
それでもあの言葉を消したくなくて、つい唇から漏れ出てしまった。
「だから、恥ずかしいと言ってるのに!」
石切丸はそれを聞いた途端、反射的に布団の中へ潜り込もうとした。
「待てって!」
だが、御手杵はそれを許さずに彼を強引に抱き竦める。
「君、酷いよ……意地悪だよ」
くぐもった声は涙ぐんでいるように聞こえ、
(はぁ……なにやってんだよ、俺は)
御手杵は心の中で盛大な溜息を吐いた。
「ほんとにごめんな」
手の平で何度か優しく背中を叩くと、石切丸は無言で抱き締め返してきてくれた。
取りあえずは許してくれるようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「今度から気をつけるから」
御手杵はそう言ったが、この言葉はきっと嘘になるだろうと思った。
目の前に彼がいれば、誤魔化すことも隠すことも出来ない想いが募る時がある。
そうやってまた困らせて泣かせる未来が、ありありと想像できてしまった。

 

4.綺麗な石切丸と御手杵

 本丸へ戻って来た御手杵は、足早に石切丸の元へ向かった。
今日の出来事をすぐにでも話したくて仕方がなかった。
「石切丸~。聞いてくれよ、あいつらと会ったぞ」
挨拶もそこそこに、彼が寛いでいる部屋へ入って勝手に腰を下ろす。
「お帰り。何やら慌ただしいね。少しは落ち着いたらどうだい?」
石切丸は特に驚くわけでもなく、読みかけの書物を閉じて相手に向き直った。
「だからさぁ、あんたが前に言ってた『可愛い私と過保護な俺』に会ったんだって」
御手杵は興奮を隠せない様子だ。
「おや、そうなのかい?」
静かな両眼が少しだけ見開かれた。
「ほんと偶然だったんだけど。もう、なんかあんたの言ったまますぎてさぁ」
御手杵はその時のことを思い出しているのか、とても楽しそうだ。
「あっちの俺に凄い睨まれた」
「君、あちらの私に言い寄っているとでも思われたのではないかい?」
「そうかなぁ?で、石切丸はわたわたしててさ、すぐ顔に出るみたいだな。なんか可愛かったぞ。あれじゃ、俺が過保護になるのも分かる気がする」
「…………」
石切丸はそんな彼の言葉に応じて会話を続けていたが、ふと口を噤んでしまった。
ちらりと開いたままの障子戸に目をやり、立ち上がる。
「そんなに可愛かったかい?」
ゆっくりと戸を閉めて振り返る。静謐な菫色が御手杵を見下ろしていた。
「こちらの君は過保護とは無縁のようだね」
「石切丸?」
石切丸は畳を踏み締め、不思議そうにしている彼の前で両膝を折る。
両手でその顔を包み込み、そっと唇を重ねた。
触れるだけのそれはすぐに離される。
「あれ?あんた……」
垣間見えた瞳の奥に、御手杵はその心情を察した。
「もしかして、焼き餅焼い……って、お、おい!?」
それを口にしかけた瞬間、石切丸が乗り上げて体重をかけてくる。
隙を突かれて押し倒された彼は、背中を打って一瞬だけ顔を歪めた。
「あ~、もう!唐突すぎだって。そんなに面白くなかったのか?」
しかし、気分を害した様子もなく石切丸へと手を伸ばす。
頬をひと撫ですると、彼はたおやかな笑みを浮かべた。
「君がそう思うのなら、そうかもしれないね」
「まったく、素直じゃないなぁ」
御手杵は手持ちぶさたなのか、石切丸の髪に指を絡めて弄り始めた。
それに身を委ねて嬉しそうに目を細める恋人の姿が、彼の感嘆を誘う。
「あんたってほんとに綺麗だなぁ」
さらりとした栗色の髪も、澄んだ菫色の瞳も、柔らかな肌も。
この青年を形作る全てに、彼はその言葉を贈る。
「おや、見ているだけで良いのかい?」
ひとしきり為すがままにされた後、石切丸は触れてくる手を掴んで唇を寄せた。
まるで誘うかのように武骨な指を甘噛みをする。
「おいおい、煽るなって」
「だって、きちんと責任を取ってくれないと」
「へ?なんの?」
疑問符を浮かべる青年を流し見て、石切丸はその胸元に蠱惑的な笑みをすり寄せた。
「私は君のせいでご機嫌斜めだからね」
「あー、焼き餅な。なんか楽しそうにも見えるけど」
御手杵はやれやれといった様子で苦笑した。
彼の年上の恋人は、静かに、けれど確実に情欲を掻き立ててくる。

「──でも、それ以上煽るなよ?優しくできなくなりそうだ」

 不意に御手杵の声が少し低くなった。
「ふふっ……お手柔らかに」
いつもの緩さが抜けたに容貌に身体が疼く。
石切丸は、これ以上ないくらいに綺麗な微笑を浮かべてみせた。

 

2020.3.17

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