無自覚な二人

 近々、部隊編成の大きな変更が行われる予定らしい。
四部隊の大部分の面子が入れ替わる。
そのせいか、本丸内は普段よりもざわついているようだった。
「なぁ、部隊編成の話聞いたか?」
御手杵が石切丸に声をかけた。
「聞いているよ。新たな戦場に向けて、戦力の底上げを図りたいようだね」
渡り廊下の先、部隊編成表が貼り出されている一画からは様々な類いの声が聞こえてくる。
二人は何気なくそちらへ目を向ける。
どうしてか、すんなりと次の言葉が出てこない。

「君も誰かから聞いたのかい?」
暫くして、石切丸が口を開く。
御手杵の口ぶりから、まだ部隊編成表を直接見てはいないのだろうと思った。
「ま、元気にふれ回ってくれている奴らもいるからなぁ。あんたも同じみたいだな」
「ふふっ、そうだね」
のんびりとした口調の御手杵を見て、石切丸は緩く微笑む。
 そして、また会話が止まってしまった。

「あんたは見に行かないのか?」
今度は御手杵の方が口を開く。
「私は後でゆっくり見に行くよ。今回の編成には組まれていないようだし。君こそ確認しに行くべきではないのかい?第二部隊に組まれていると聞いたよ」
「あー、そうだなぁ…」
石切丸は小首を傾げた。
御手杵の薄い反応が意外だったのだ。
この青年は感情の起伏こそ激しくないが、割と好戦的で武器としての矜恃も強い。
出陣に関する事柄なら、さぞ足取りも軽いだろうと想像していた。
それが一体どうした事だろう?
石切丸は少し心配げに相手を見上げる。
「大丈夫かい?」
その声に、御手杵はハッと身を強張らせる。
どうやら意識が何処かへ逸れていたようだ。
「あぁ、いや、ちょっと考え事してただけ」
当たり障りのない言葉を返して、壁に背を預ける。
どうしてか足が動かなかった。

 三度、会話が途切れる。
互いに発するべき言葉を探っていた。
慣れ親しんだ環境が変わる事への一抹の寂しさを、どう伝えようかと。

 

 御手杵と石切丸は、長らく同じ部隊で行動を共にしていた。
当初、比較的練度の低かった御手杵は様々な経験をさせる為にと隊長を命じられ、それを補佐する形で石切丸が副隊長に据えられた。
共に戦場を駆け、時には遠征任務を遂行し。
他の部隊員の顔触れは度々変わる事もあったが、彼らの隊長と副隊長の任が解かれる事はなかった。
最初の頃こそぎこちない雰囲気だったが、今ではすっかり気心知れた仲である。
長く行動を共にしていた産物とでもいったところだろうか。
平時では行動範囲も人脈もさほど交わらない二人だが、戦場ではすぐ側に互いの姿がある事が当たり前。
それが不意に崩れ去る。
 時間遡行軍との熾烈な戦いの中、状況に合わせて臨機応変に部隊編成を行い戦術を練るのは当然の事。
もちろん彼らとて、どんな部隊に組み込まれても相応の働きをする自負はある。
──それでも。

「…ふふっ。そう言えば、最初の頃は重傷だった君を背負って帰還した事が何度かあったね」
長い沈黙の後、先に口を開いたのは石切丸の方だった。
小さく笑む相手に、御手杵は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「うへぇ、そういうのは忘れてくれよなぁ」
「急に思い出してしまったんだ。つい懐かしくて」
長く共にいれば、それだけ思い出も積み重なる。
「最初の頃って言えば、あんたのおっとり具合には驚いた。今はもう慣れたけどな」
「そ、そうかい?でも、君にはよく急かされていた気もするような…」
言われっぱなしなのも体裁が悪いと感じたのか、御手杵が緩やかに切り返す。
けれど、石切丸の方にはあまり自覚がないようだ。
「ったく、一体何度あんたの手を引っ張った事か」
御手杵はわざとらしく大きな溜息を吐いた。
「あの時だって…」
一度口を開けば、今までの出来事がするりと零れ落ちてくる。
積もる話は尽きないようである。

 

「あれ?あいつらまだ喋ってんのか?」
獅子王が、渡り廊下に佇む二人を見て怪訝な顔をする。
「えっ?ずっとお喋りしてるんですか?」
隣を歩く秋田が大きな空色の瞳を瞬かせた。
立ち止まった瞬間、抱えていた空の籠がずり落ちそうになる。
「んー、俺が部隊編成表を見に行った時はあそこにいたぜ?もう夕方になるっていうのに、よく飽きないなぁ」
同じような空の籠を、獅子王は軽々と小脇に抱えている。
「でも、とっても楽しそうですね!」
秋田はまるで自分の事のように嬉々とした表情で声を跳ね上げた。

 彼らは丁度食材を厨房へ運び終えた所だった。
忙しそうな厨房の様子を見た秋田が手伝いを申し出たらしい。
足りない食材を畑から調達してきて欲しいと頼まれたのだが、その小さな身体では大変だろうと、通りがかりの獅子王が一緒に付いてきてくれた。
「楽しそうなのはいいけど、あの調子じゃ飯食いっぱぐれそうだな」
獅子王がやれやれといった様子で苦笑する。
「それだったら僕、夕餉の時間になったらお声をかけに行ってきますね!」
無邪気な笑顔と優しい気持ちが溢れんばかりの秋田に獅子王は目を瞬かせたが、
「まったく、世話のかかる奴らだな」
わしゃわしゃと桃色の髪をかき混ぜ、相も変わらず楽しげに語らっている二人に目をやるのだった。

 

 あれから暫く経った。
新しく編成された四つの部隊は、滞りなく任務を遂行しているようである。
 今日は全ての部隊が出払っており、本丸内は普段より少し静かだ。
ゆっくりと流れる雲と、時折耳に届く鳥のさえずり。
「良い陽気だね。少し散歩でもしてこようかな」
その可愛らしい声に誘われたのか、石切丸は空を見上げて微笑んだ。

 この本丸の敷地は中々に広い。
だが石切丸は、のんびりとした足取りで散策を楽しんでいる。
それは人為的に作られた美しい庭先だけに留まらないようで、彼の『少し』にも結構な振り幅があるようだ。
 特に目的の場所があるわけでもなく、ただその景色を穏やかな瞳に映し出す。
長い年月を重ねてきた彼の身に流れる感覚はとても緩やかで、散策にいくら時間を費やしたとておそらく気にも留めない。
「ああ、此所は良く空が見える」
そんな事を言って木の根元に腰を下ろし、長閑な空気を楽しんで。
きっと『誰か』が手を引っ張ってくれるまで、鷹揚に時を過ごすのだろう。

 

 無性に顔が見たくなった。
時折ちらつく、すぐ側に佇んでいた穏やかな大太刀の姿が。

 

 御手杵は戦から帰還して早々、本丸内を歩き回った。
けれど求めているその姿は見当たらず、仕方なく他の男士達に所在を尋ねる。
そうして、漸く有力な目撃情報を手に入れる事ができた。
(相変わらず、のんびりしてるみたいだな)
それによると、随分と非番を満喫してるらしい。
御手杵は苦笑混じりで庭に降り立ち、辺りを見渡した。
「一体どこをうろついているんだか…」
戦で疲弊した身体は少し重く感じるが、それでも探すのを諦めるという選択肢は頭に浮かばなかった。
 何故こんな事をしているのか?と誰かに聞かれたら、きっと言葉に詰まって曖昧に笑う。
彼の足を動かしているのは、衝動的な感情だけなのだから。

 

 今の部隊の面子にも慣れた。
意思の疎通や戦場での連携も、難なくこなせるようになっている。
けれど、何か物足りないような気がして。
胸の奥にすきま風が吹いているような気がして。
御手杵は、そんな胸中の違和感をあまり考えないようにしていた。
考えればあの姿がちらつく。
戦場に不相応な心の揺らぎは、己の鋭さを鈍らせるだろうと解っていたから。

 それでも空虚は少しずつ無意識の内に降り積もる。
積もり積もって、とうとう溢れ出した。

 

「そう言えば、今日も出陣しているのだったね」
緩やかな空気に身を任せ、石切丸は独りごちる。
 最近は言葉を交わすどころか、姿すらあまり見ていない。
自分が戦場に出ている時はさほど気にならなかったのだが、生活の時間帯がずれていたらしい。
実際、食事や休息も部隊単位で取る事が多かった。
日々が出陣する事を中心に回っていたのだと、改めて実感する。
「武器としての本分は弁えているけれど、やはり穏やかに過ごしていたいな」
ぽつりと本音が漏れる。
戦う道具としての意識が高い彼は、どんな顔をするのだろうか?
ふとそんな風に思った矢先。
草を踏みしめる微かな音が石切丸の耳に入ってきた。
それは明らかにこちらへ向かってきているようで、耳をそばだてる。

「ああ、やっぱり顰めっ面なんだね」

 音が止まり、目の前にすらりと背の高い青年が姿を現した。
石切丸は一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかな表情に変わる。
「…やっぱり?」
随分と歩き回ったのだろう。
自分本位な行動だが、骨が折れたに違いない。
御手杵の表情がそれを物語っている。
「気にしないで。ただの独り言だよ」
だが、石切丸はさらりと受け流す。
まずは戦から帰ってきた彼に、言うべき事があった。
「それよりも、おかえり。無事に戻ってきたようだね」
労いの言葉は、少々不機嫌気味だった御手杵の胸にじんわりと染み渡る。
こんな所まで散策に来ている彼に文句の一つでも言ってやりたかったが、思い切り毒気を抜かれてしまった。
 ただ、顔を見たいだけだったのだ。
そうして何気ない言葉を交わせば、この寂しさも紛れるだろうと。
けれど、人という肉体を得て欲が深くなる。
 御手杵の手が無意識に石切丸の方へと伸びた。

「はいはい。ただいま~っと」

 木に背を預けて座っている石切丸の前で膝を折り、覆い被さるようにして彼の首に両腕を回す。
「え?あ、ど、どうしたんだい?」
突然の出来事で戸惑う相手を余所に、御手杵は触れた温もりを楽しんでいる。
(はぁー、落ち着く)
軽い抱擁は心地良さからか少しずつ無遠慮になり、力が抜けた上半身の体重が相手にのしかかった。
(お、重い…)
石切丸は思わず眉を顰めた。
いくら背中が支えられているとはいえ、自分よりも質量のありそうな青年を受け止めるのは楽な事ではない。
だが、武装したままの御手杵から微かに漂う粉塵の臭いを感じ、抗議の言葉より先に彼を気遣う。
大きな負傷はないようだが、全くの無傷というわけでもないようで。
「戦帰りなのだから、こんな所にいないできちんと休んだ方が良いよ」
彼の身を案じたからこそ、石切丸はそう言った。
けれど、そんな耳元の声に御手杵の身体が一瞬ピクリと反応する。
「今休んでるところなんだけど」
少し拗ねたように、ぼそりと一言。
『こんな所』と言われた事が少々気に障ったらしい。
場所など関係ないのだ。今は此所に会いたい姿があっただけ。
「このまま寝られる自信あるし…ってか、眠くなってきたかも」
小さな欠伸は本気なのか冗談なのか。
「ね、寝たら駄目だよっ、絶対駄目だからね!重いから!」
石切丸はついに抗議の声を上げた。
御手杵の身体を押し返そうとするが、上からのしかかられて抱き付かれている状態から脱するのは至難の技だ。
「休めって言ったの、あんたの方だしさぁ」
首に回された両腕に力がこもる。
次第に瞼も重くなってきた。
戦で疲弊した身体にこの温もりと心地良さでは抗いようもない。
「言ったけどっ、寝るなら部屋にもどろう?」
石切丸が説得を試みるが、御手杵の方は此所で寝落ちても全く問題はないといった様子だ。
「ん~、無理かなぁ。意識、飛び…そう」
耳元で必死に何かを言っているようだが、それすらも子守歌のように聞こえてきてしまう。
「あぁ!駄目だって言っているのに!」
眠りに落ちる寸前に聞こえたそれは、半ば諦めの混ざった声だった。

 

金色の髪を片手で掻きむしりながら、獅子王はどこか苛立たしげだ。
本丸内を歩きながら視線を回らせ、誰かを探しているようである。
「あ、獅子王さん。どうしたんですか?」
そこへ、柔らかな桃色の髪を持つ少年が声をかけてきた。
「なあ、御手杵の奴見なかったか?明日も出陣する事になったからって、伝えたかったんだけど」
澄んだ大きな瞳に見上げられ、獅子王は思わず顔が緩む。
秋田の純朴な様子は、自然と相手の心を穏やかにしてしまうようだ。
「少し前にお会いしましたよ。石切丸さんを探していたみたいでしたけど」
彼は獅子王の問いにそう答え、小首を傾げながらその時の様子を教えてくれた。
戦場から帰還して早々、本丸中を探し回っていたらしい。
そんなに急用があるのかと、気になってしまうくらいに。
「はぁ~、何やってんだか」
それを聞いた獅子王は、がっくりと首を垂れた。
「御手杵は石切丸を探してて、その御手杵を俺が探してるわけ?なんか馬鹿馬鹿しくなってきた」
「えーと、二人が本丸中をぐるぐる動き回っているって事ですか?石切丸さんも動いていたら大変ですよね」
その様子を想像したのか、秋田は困ったような、でも可笑しそうな、なんとも言えない表情をした。
「…もうやめた。どうせ夕飯時には顔出すだろうし」
獅子王にしてみれば、明日の事だから早く伝えてやろうとの良心だったのだろう。
脱力してしまうのも無理はない。
「だ、大丈夫ですよ!夕餉には絶対来ますって!」
そんな彼を元気づけようと、秋田が力いっぱい拳を握って声を出す。
「夕餉の席にいなかったら、僕、探して…あれ?」
続けざまに口を開きかけて、彼の目が丸くなる。
思わず獅子王の方を見ると、彼も同じように目を見開いていた。
「ははっ、なんか前にも同じような事あったっけか」
二人とも、同じ既視感を受けたらしい。
「ほんっとに世話のかかる奴らだな」
あの時と同じように秋田の髪をくしゃくしゃとしながら、獅子王は笑う。
「えへへ、そうですね!」
それにつられたのか、空を模したような秋田の両眼が楽しげに細まった。

 

 案の定、ご機嫌斜めな様子である。
「だから、悪かったって。気持ちよくて、つい」
御手杵は拝み倒すかのように手を合わせ、ペコペコと頭を下げた。
「…『つい』の割には、長々と熟睡していたようだけど?」
それを正面から捉えず、そっぽを向いた石切丸の口調は少しばかり刺々しい。
常日頃から温厚な彼にしては、珍しい態度だ。
 此所に御手杵が来た時、まだ太陽は高い位置にあったのだが、気が付けば大分傾いてしまっている。
その間、ずっと彼の身体をを受け止め続けていた石切丸の負担は如何ほどだっただろう。
口先に険が滲んでしまうのは当たり前だ。
けれど、御手杵にはそんな石切丸の態度に対する免疫がない。
どうしたら彼の機嫌が直るのか分からず、ほとほと困り果ててしまった。
そんな御手杵の姿を、石切丸が顔を背けたまま横目だけで窺う。

 重みのせいで身体が辛いなら、無理にでも起こせば良かったのだ。
でも、それを躊躇ってしまった。
彼があまりにも気持ち良さそうに寝ていたものだから。
それが少し嬉しかった。
心を許してくれているような気がして。

「私も精進が足りないね」

 無意識に声が漏れた。
すると、
「ん?今、なんて?」
御手杵が聞き返してくる。
それが意外だったのか、石切丸は思わず彼の方を向いてしまった。
「─あっ」
これには両者とも一瞬目を丸くする。
だが、その後の態度は対照的だった。
 先に表情を崩したのは御手杵。
やっと自分の方を向いてくれた事が嬉しかったのか、へろりと顔が緩んだ。
それを見た石切丸は面白くなさそうに口を引き結ぶ。

もう、分からなくなってきた。
まだ怒っているのだろうか?
いつの間にか、絆されてしまっているような気がする。

「なぁ、まだご機嫌斜め?」
少し余裕が出たのか、御手杵が緩んだ顔のまま石切丸を覗き込む。
「怒っているよ」
元から根に持つような性格ではないが、素直に認めてしまうのは癪なのだろう。
石切丸は小さく唇を動かす。
そして、不意にその場から立ち上がろうとした。
このまま此所にいたら、子供じみた感情が湧き上がり続けそうだ。
「とにかく、私は先に戻るよ。君は好きに休めば…」
そう言いながら下半身に力を入れた瞬間、
「う、うわっ!?」
両足に痛みと痺れが襲いかかり、足がもつれて体勢を崩してしまった。
反射的に目の前にいる青年へ手を伸ばす。
「お、おい。大丈夫かぁ?」
「足が、痺れ…た」
御手杵はその手を難なく受け止め、転びそうになった石切丸を支えて立ち上がらせてくれた。
「ったく、何やってんだよ」
気遣いの中に少しからかい混じりの声が、苦笑した口元から発せられる。
すると、足の痺れで涙目になっている石切丸に睨まれてしまった。
「何って、一体誰のせいだと思っているのかな?君は」
まだ上手く足に力が入らないのか、相手の身体にしがみつきながら上目遣いで睨め付けてくる様はお世辞にでも凄みがあるとはいえない。
「あー、うん。俺のせいだよなぁ」
御手杵はその言葉には不相応な緩みきった笑みを浮かべながら、優しげに目を細めた。
何故だか庇護欲を掻き立てられてしまう。
「それじゃ、背負ってこうか?」
「は?」
「だって、それじゃ歩き難いだろ?」
するりと、ごく自然に流れ出てきた提案は石切丸を驚かせた。
「いやいや、そんな大袈裟な。痺れなんてすぐに治るものだよ」
思わずしがみついていた手を離し、一歩距離を取る。
まだじんじんと足に刺激が走るが、立ち上がろうとした当初よりは幾分か回復しているようだ。
ゆっくりなら、なんとか歩けるだろう。
「先に戻る」と言った手前、完全に治るまで此所に留まるのは些か居心地が悪い。
 石切丸が動き出そうとすると、目の前に手が差し出された。
「だったら、ほら」
御手杵は、構いたくてどうしようもないようだ。
その手をじっと見つめた石切丸は、小さな吐息を漏らしながら一度目を伏せた。
わざわざ聞き返さなくても、この手の意味が解ってしまう。

「私はまだ、怒っているのだけど…ね」

そう言いながら、困った様子で苦笑いした。

 

 庭に面している渡り廊下で、桃色の髪が柔らかに跳ねた。
「あっ、御手杵さん!石切丸さんも!」
秋田が元気な声と共に、小さな身体を目一杯使って手を振っている。
「お、どうしたんだぁ?なんか嬉しそうだな」
御手杵が問いかけると、
「やっと見つかりました!さっきまで獅子王さんが御手杵さんの事を探していたんです」
秋田は今にも廊下から庭先へ飛び降りてしまいそうだ。
「結局見つからなかったので、夕餉の時で良いと言っていましたけど」
あの時獅子王が諦めたので秋田もそれに習ったのだが、実は気になっていたらしい。
本丸内を歩いている最中も、何となく視線を巡らせてしまっていた。
「んー、何の用だろうな?」
「すぐに行ってきたらどうだい?いくら後で良いと言ってくれていても、探していたわけだし」
御手杵が中空を見上げると、半歩程後ろにいる石切丸が声をかけた。
(あれ?石切丸さん、どうして少し後ろにいるんだろう?)
不意に彼らの立ち位置が気になった秋田は、興味深げに目を向ける。
(あっ)
すると、二人の手が重なっている事に気が付いた。
どうやら御手杵が石切丸の手を引いて歩いてきたようである。

「うわ~、やっぱりお二人ってとっても仲良しなんですね!」

 秋田は、渡り廊下で楽しげに談笑していた二人の姿を思い出していた。
純粋に目を輝かせながら発せられた言葉は、御手杵と石切丸の表情を驚きの色に変えさせる。
「なか、よし…?」
見事に重なった声は困惑を纏っているようで。

『仲良し』の自覚が全くない二人だった。

 

2017.3.12

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